長嶋の妻・亜希子の弟が広野の慶應大野球部時代の3つ後輩という縁もあった。長嶋は遠征の際に広野を食事に誘うなど、2人は多くの時間をともにした仲だった。

長嶋の影に隠れてひっそりと退いた

このように世話になった長嶋に向け、広野は試合前に電報を打っている。

「僕も長嶋さんと一緒に小さな引退試合をやらせてもらいます」

広野の心の整理がついた。

「我が巨人軍は永久に不滅です」

こう語る長嶋の背後に見えるスコアボードには、広野の名前も映し出されている。ミスターの影に隠れ、広野もひっそりと現役を退いたのだ。

長嶋最後の打席は、同じく勇退する川上監督が特別に一塁コーチャーズボックスに入っていた。巨人時代、広野に目をかけ、餞別までくれた川上は一塁を守る広野に対して、「お前もおつかれさん」と声をかけたのだった。

こうして稀代の満塁男は、通算689試合に出場し、440安打、78本塁打、打率2割3分9厘という成績を残し、9年の現役生活に幕を下ろしたのである。

『野球に翻弄された男 広野功・伝』(扶桑社)

沼澤典史
ノンフィクションライター。過去に篠塚和典、高橋慶彦、武田一浩、谷繁元信などのプロ野球OBへの取材記事多数。プロ・アマ問わず野球関係の記事を『NumberWEB』に寄稿

沼澤典史
沼澤典史

1994年、山形県生まれ。ノンフィクションライター。編集プロダクション「清談社」所属。元高校球児で大学卒業後、テレビ制作会社を経てライターの道へ。過去に篠塚和典、高橋慶彦、武田一浩、谷繁元信などのプロ野球OBへの取材記事多数。プロ・アマ問わず野球関係の記事を『NumberWEB』に寄稿