中国の深セン市で日本人学校に通う10歳の男子児童が学校の近くで男に刺されて死亡した。母親の目の前だった。目撃者は、犯人が現場から一旦離れたがまた戻ってきて出頭し、穏やかな表情だったと証言している。

以下の文章は、本サイトで数度中国関連の記事を掲載した東京大学のある中国人訪問学者が執筆し、東京大学大学院の阿古智子教授が翻訳したものを編集した記事である。

深センで10歳の子どもが亡くなった朝、私は涙を流しながらこの文章を書いている。

9月19日朝、飛び込んできたニュースは、私の心を揺るがし、悲痛な気持ちにさせた。9月18日に、深セン日本人学校の近くで10歳の男子児童が刺され、救助のかいなく亡くなったのだ。

事件現場には多くの花が手向けられている
事件現場には多くの花が手向けられている
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2日前まで元気だった子が、そんな無惨な姿で倒れているのを、ご両親や家族が見ている姿を想像することなどどうしてもできず、朝から涙が止まらなかった。この残酷な刃物がどれだけの苦痛を与えたのか。この子は何を経験をしたのか。彼の家族はこの際限のない悲しみと、決して埋められることのない人生の深い淵にどう向きあうのか。私には考えることができなかった。

日中関係の問題だけではない

日本にいる多くの中国人の友人たちはこのニュースを見て非常に悲しみ、怒り、同時に緊張していた。日中関係は再び悪化し、在日中国人の状況は悪化し続け、日本人からの敵意と拒絶がさらに高まるのではないかと。

こうした懸念を抱くのは当然のことだが、相次ぐ暴力行為の激化を受けて、我々中国人は、これが単に日中関係の問題ではないということを考えなければならない。

日本人学校の校長は声を詰まらせ「きょうだい思いで動物好きな子」だったと語った
日本人学校の校長は声を詰まらせ「きょうだい思いで動物好きな子」だったと語った

子どもはどの社会においても最も弱い立場にあり、最も保護されるべき集団だ。

「正義感」を持つ大人の鋭い刃物が最も弱い立場にある子どもに向けられるという、この野蛮な暴力がなぜ、中国社会で許され、時に賞賛され、奨励されているのかを問わなければならない。

今年7月、蘇州で日本人学校の児童をかばって刺殺されたスクールバス案内係の胡友平さんはなぜ亡くなったのか。

7月、私は過去75年間にわたる中国共産党の意図的かつ継続的なヘイト教育について、「なぜこれほど憎しみにみちた中国人が多いのか?靖国落書きや園児殺害予告など相次ぐ「反日」事件と「ヘイト教育」」という記事を書いた。

いつも子どもと女性が被害者

ヘイト教育は中国共産党が作り出した「外敵」が対象だが、この体制の中で弱者に対する暴力はより大規模かつ根深いものとなる。中国では長年にわたり、この体制によって子どもと女性が大規模に傷つけられ、殺害されてきた。

「有名な」事件だけを数えてみても、相当残酷な内容だ。

資料:新疆ウイグル自治区
資料:新疆ウイグル自治区

1994年に新疆ウイグル自治区カラマイ市で起きた火災で「指導者を先に逃げさせる」ために288人の小中学生が焼き殺され、2008年には約30万人の子どもが化学物質メラミンに汚染された粉ミルクの被害にあった。

2022年の北京冬季オリンピックの頃には、江蘇省徐州市の豊県で鎖につながれた女性が発見され、中国社会に大きな衝撃を与えた。彼女は誘拐され、8人の子どもを強制的に出産させられていたのである。そのニュースの詳細は隠蔽されており、彼女はいま行方不明だ。

鎖でつながれていた女性(中国SNSより)
鎖でつながれていた女性(中国SNSより)

メラミン混入粉ミルク事件に対して、2人の著名な中国人弁護士、許志永氏と丁家喜氏は法的手段で反抗を試みた。しかし、2人は2014年に「公共の安全を妨害した」としてそれぞれ懲役4年と3年6カ月の有罪判決を受けた。2019年には、厦門で22人が開いた集会が「国家の政権を転覆しようとした」証拠だとして、許志永氏と丁家喜氏は、ヤミの刑務所で6カ月間拷問を受けた。そして2人は2023年に国家政権転覆罪で懲役14年と12年の判決が確定し、現在刑務所で服役中だ。

丁家喜氏の妻、羅勝春氏が9月に初来日し、18日夜に東京で開かれた集会で講演した。最近アメリカ国籍を取得した彼女は、政治に無関心な一鉄道会社のエンジニアから、弱い立場の人々の権利を擁護していた夫が、根拠のない罪で国家機関から虐待され、拷問を受けているのを目の当たりにして、自分自身が変化していった経緯について語った。

東京で講演する羅勝春さん(左から2番目)
東京で講演する羅勝春さん(左から2番目)

彼女はこう述べている。「中国共産党は平気で嘘をつく。彼らが罪状をでっち上げたければ、できてもいない“組織”を勝手に作り上げる。こうやって彼らは“嘘と暴力”を駆使し、中国人が基本的な権利を追求することさえ認めない」

言葉遊びの発表文

こうした「嘘」は時々曖昧な言葉遊びの形で現れるが、今回の深センでの暴力事件に関して、中国の警察による最初の発表(警察情報公報)がまさに言葉遊びを象徴する内容だった(下図参照)。

深セン市事件の警察当局の発表文
深セン市事件の警察当局の発表文

「18日8時頃、深セン市南山区招商街道で通行人が刃物で負傷させられた事件があり、未成年者の(※名字のみ)さんが負傷した。通報をうけ、公安当局は速やかに現場に赴き、被疑者の鐘(男、44歳)を拘束、負傷者を早急に病院に搬送した。現在、事件の捜査と負傷者の救助を行っている」

これでは、外国の報道と合わせて見なければ、まったく平凡な事件にしか見えないだろう。このような説明では、「誤って負傷させた」と理解する人さえいるかもしれない。

事件現場には多くの警察官の姿もあった
事件現場には多くの警察官の姿もあった

発表は国籍には触れられておらず、誰も負傷者が外国人だとは思わなかったはずだ。名字は漢字1文字だけ書かれていた。被害者の母親が中国人で父親が日本人、本人が日本国籍であるとは、誰も思ってもみなかっただろう。

さらに、「小学生」でなく「未成年者」という言葉を使用していた。

未成年者とは、18 歳未満の人を指す。未成年者というと文字のイメージから、小学生の年齢を連想することはほぼ困難だろう。未成年者には18歳未満の小学生、中学生、高校生、さらに大学生も含まれる。

このような発表は意図的な言葉遊びだ。中国人の多くがこの発表を読んでも、この問題の深刻さには気付いていないだろう。「日本人は大騒ぎしすぎ」と思うかもしれない。

では、この発表を主導したのは誰なのか。中国共産党のプロパガンダ機関なのだ。このような言葉をよく選んで作られた警察の発表文書は、間違いなく、公開される前に宣伝部門が慎重に検討している。この事件を「普通の暴行事件」に見せかけるために。

嘘と暴力に依存する政権が共通の敵

カラマイの火災から粉ミルク事件、拷問を受けた丁家喜氏と許志永氏、蘇州で日本人の子どもたちを守ろうとした胡友平さん、そして、深センで亡くなった10歳の子どもに至るまで、一連の事件はひとつにつながっている。弱い立場の人々に害を与えるのは、国家の暴力であり、憎しみを広める国家機構なのだ。

このような凶悪かつ非常に痛ましい悪質の事件を前に、私は、日本人の「敵」は中国人ではなく、中国人の「敵」は日本人ではないことを、誰もが理解するよう願っている。普通の人間は人生において「敵」を持つことはなく、その必要もない。

しかし、真実、善、美、そして幸福な生活を追求するすべての一般市民には、嘘と暴力に依存する全体主義政権という共通の敵がいる。

この政権は国家暴力を利用し、一般市民の権利を侵害する。この国は、嘘を使って憎しみを生み出し、暴力を推奨している。これこそ、一般市民の苦しみの源である。この諸悪の根源を取り除かなければ、今後も凶悪な事件が多発するだろう。

願わくば、より多くの一般の人々がこのことを明確に理解し、加害者の法的責任を問うとともに、中国共産党の工作や嘘に対して抗議してほしい。一般市民の間で互いに非難し合うのではなく、憎しみの連鎖という悪循環を直視し、嘘に依存する国と暴力によって支えられている全体主義政権が世界中の子どもたちの共通の敵であり、根絶すべき問題の根源であることを理解しなければならないのだ。
【翻訳:東京大学大学院総合文化研究科 阿古智子教授】

阿古智子
阿古智子

東京大学大学院総合文化研究科教授。 大阪外国語大学、名古屋大学大学院を経て、香港大学教育学系Ph.D(博士)取得
在中国日本大使館専門調査員、早稲田大学准教授などを経て現職
主な著書に『香港 あなたはどこへ向かうのか』『貧者を喰らう国―中国格差社会からの警告』(新潮選書)など
第24回正論新風賞を受賞。