ISKP・イスラム国ホラサン州への警戒強まる
2024年1月3日、イラン南東部ケルマンではイラン革命防衛隊コッズ部隊のソレイマニ元司令官の追悼式を狙った自爆テロが発生し、100人あまりが死亡した。この事件で、イラン当局は自爆テロ犯の1人がタジキスタン国籍だと発表した。
この記事の画像(8枚)ロシア・モスクワ郊外にあるコンサートホールでは3月22日、ホール内に押し入った男4人組が観客に向けて自動小銃を無差別に乱射し、140人以上が死亡し、ロシア当局は4人がタジキスタン国籍だと明らかにした。
両事件ではアフガニスタンを拠点とするイスラム国ホラサン州(ISKP)の関与が欧米当局やテロ対策研究者の間では強く指摘され、今日ではシリアとイラクを拠点とするイスラム国本体以上に支部組織であるISKPの対外的攻撃性に警戒が広がっている。ドイツやオランダ、オーストリアなど欧州ではISKP関連の逮捕や未遂事件が断続的に明らかになっており、パリ五輪を迎えるフランスもISKPの対外的攻撃性を懸念していることだろう。
しかし、テロ組織の対外的攻撃で懸念するべきはISKPだけではない。今日、イエメンを拠点とするアルカイダ系組織「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」の潜在的リスクが浮上している。
AQAP・アラビア半島のアルカイダとは
AQAPについて簡単に説明すると、同組織はサウジアラビア当局による厳重なテロ対策から逃れたアルカイダメンバーたちがイエメンに活動拠点を移し、イエメンのアルカイダメンバーと共同して2009年に設立した組織である。
AQAPはアルカイダの指導者オサマ・ビンラディンやアイマン・ザワヒリに代表されるアルカイダ本体に忠誠を近い、アメリカや欧州、イスラエルなどを強く敵視する。ナシール・アル・ウハイシなどAQAPの幹部たちは過去にアフガニスタンで軍事訓練を受け、ビンラディンとともに活動していた者もいる。
イエメンではAQAPの設立以前から、その母体組織であったイエメンのアルカイダ(AQY)が、アデン湾に停泊していた米駆逐艦コールを狙った爆破テロ(2000年10月)や、イエメン沖を航行するフランスのタンカー「リンバーグ」を狙った爆破テロ(2002年10月)などを実行してきたが、AQAPも特に米国への対外的攻撃性をオンライン発信だけでなく、実際の行動として繰り返し示してきた。
これまでにAQAPによる米国本土を狙ったテロ事件としては、① イエメンで訓練を受けたナイジェリア人ウマル・ファルーク・アブドルムタラブによるクリスマス米旅客機爆破未遂テロ事件(2009年12月)、② AQAPの広告塔である米国人アンワル・アウラキから影響を受け、過激主義に目覚めた精神科医ニダル・マリク・ハサンによるアリゾナ州・フォートフッド陸軍基地銃乱射事件(2009年11月)、③ アウラキから影響を受けたパキスタン系米国人ファイサル・シャザドによるニューヨーク・タイムズスクエア爆破未遂テロ(2010年5月、なおこの事件についてはパキスタン・タリバン運動の関与を指摘する見解もある)、④ イエメン発米国行の貨物輸送機に乗せたプリンターのカートリッジに爆薬を隠した貨物機爆破未遂テロ(2010年10月)などがある。
アメリカの攻撃で弱体化
オンライン雑誌「インスパイア」の中で米国への攻撃意思を繰り返し示し、アメリカ本土を狙ったテロを警戒する米国は2010年1月にAQAPをテロ組織に指定し、弱体化したアルカイダ本体以上にAQAPへの警戒を強めた。
その後、米国はパキスタン北西部の連邦直轄部族地域(2018年5月廃止)で続けているドローン攻撃を、イエメンでも実施するようになり、アンワル・アウラキやインスパイアの作成において重要な役割を果たしていた米国人サミール・カーン、指導者のウハイシなど重要メンバーが次々に殺害された。AQAPの組織的弱体化によりその対外的攻撃性は影を潜め、今日までAQAPは対立する親イランのシーア派武装勢力フーシ派など地元勢力との戦闘を続け、その活動はイエメン国内に留まっている。
しかし、AQAPは最近、ハイテク化した武装ドローンによる攻撃を増加させており、これまで対立してきたフーシ派との協力関係を深めるなど、戦略的な転換を図っている可能性がある。
宗派を超えてシーア派組織と連携強化か
AQAPは財政的にも軍事的にも豊富な組織ではなく、ハイテク化した武装ドローンによる攻撃はこれまではなく、自分たちでそれを賄えることは想像しづらい。AQAPはスンニ派の過激組織であり、シーア派のフーシ派と対立してきたが、UAEなどが支援する南部暫定評議会 (Southern Transitional Council) からイエメン南部の支配権を奪還するという狙いでは、両者の利害は一致する。
フーシ派はイランからの支援もあり、サウジアラビアやUAE、昨年秋以降のイスラエル、そして紅海を航行する外国の船舶を狙ったミサイルやドローンによる攻撃を繰り返し、近年はAQAPとの相互の捕虜交換、AQAPへのドローン提供などに応じている。
2023年秋以降、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザ地区への攻撃がエスカレートしているが、フーシ派やヒズボラ、シリアやイラクを拠点とする親イランのシーア派武装勢力はガザ地区を拠点とするスンニ派の武装勢力ハマスとの共闘を宣言し、反イスラエル(反米)闘争に拍車を掛けている。そして、アルカイダ系勢力もイスラエルや米国への攻撃を積極的に呼び掛けており、そこにはスンニ派とシーア派という宗派を超えた一種の連帯感さえも見え隠れする。
こういった状況では、AQAPが長年重視する反米闘争において、同じく米国やイスラエルへ敵対姿勢を強めるフーシ派がそれに共感を抱き、AQAPにドローンやミサイル、資金などで援助し、その対外的攻撃性を助長する可能性は排除できない。
無論、AQAPがアルカイダ本体が実行した9.11のようなテロをできるわけではない。
しかし、中東にある米国権益を狙ったテロ、SNSやインターネットを通じて個人を過激化させ、その者に単独的なテロを実行させるなどは十分に考えられよう。今後、フーシ派とAQAPがどこまで協力関係を深めるかは分からない。しかし、我々はこれを1つのリスクとして中長期的視点でみていく必要があろう。AQAPは国際的なテロを実行する十分な能力は現時点でないが、その強い意思は依然として持っている。
(執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹)