2025年6月、中東で勃発した「12日間戦争」は、イスラエルとイランの軍事衝突が急速にエスカレートし、国際社会に衝撃を与えた。
この短期間ながらも激しい戦争は、イスラエルの先制攻撃、イランの報復、米国の介入、そして不安定な停戦合意という一連の出来事で構成された。
この戦争は中東の地政学的緊張を浮き彫りにし、今後も地域情勢に重大な影響を及ぼす可能性がある。
イラン核開発阻止する「最終手段」としての“軍事オプション”
2025年6月13日、イスラエル国防軍(IDF)はイランの核関連施設や軍事拠点に対し、大規模な空爆を実施した。この攻撃では、約200機の戦闘機が動員され、ナタンズ、イスファハン、フォルドゥなど、イラン中部の主要なウラン濃縮施設を含む100以上の標的が攻撃された。

イスラエル政府は、この作戦がイランの核兵器開発能力を大幅に削ぐことに成功したと発表。ベンヤミン・ネタニヤフ首相は、「イランの核計画はイスラエルの存亡に対する脅威であり、今回の攻撃はその中枢を破壊した」と強調した。
しかし、この攻撃は甚大な人的被害を伴った。イラン国営メディアによると、テヘラン近郊での攻撃により78人が死亡、300人以上が負傷。イラン革命防衛隊のサラミ司令官やバゲリ参謀総長を含む高官も犠牲となった。

この攻撃は、イスラエルが長年抱いてきたイランの核開発への危機感が背景にある。2015年のイラン核合意(JCPOA)以降、イランはウラン濃縮度を60%まで高め、核兵器製造に近づいているとイスラエルは警戒。2023年のハマスとの戦争以降、両国の対立はさらに深刻化していた。
イスラエルの攻撃は、単なる軍事行動以上の意味を持っていた。それは、イランの核開発を阻止するための最終手段として、イスラエルが大胆な軍事攻撃を選択する用意があることを国際社会に示した瞬間だった。しかし、この大胆な行動は、イラン側の強硬な反応を引き起こすことになる。
イランの報復とエスカレーション
イスラエルの攻撃に対し、イランは即座に報復に踏み切った。6月14日未明、革命防衛隊はテルアビブやハイファなどイスラエルの主要都市に向けて弾道ミサイルやドローンによる攻撃を開始。イラン側は150以上の標的を攻撃し、3人の死者と70人以上の負傷者を出した。

イラン最高指導者のハメネイ師は、「イスラエルは侵略の代償を払う」と宣言し、さらなる攻撃の可能性を示唆。イランのミサイルは、イスラエルの防空システム「アイアンドーム」を一部突破し、ハイファ港や軍事研究施設に損害を与えた。この攻撃はイランの軍事技術の進化を示すものとなった。
一方、この報復はイラン国内の政治的結束を高める効果もあった。核施設への攻撃は、イラン国民の反イスラエル感情を一層刺激し、ハメネイ師の強硬姿勢を支持する声が高まった。しかし、同時にイランは、さらなるエスカレーションが米国や他の大国を巻き込むリスクを認識していた。このため、イランは報復の規模を制御しつつ、イスラエルに対する明確なメッセージを送ることに注力した。
トランプ政権の介入…米国による初のイラン空爆
戦争のさらなる転換点は、トランプ政権によるイランへの直接軍事介入だった。トランプ大統領はホワイトハウスでの演説で、米軍がイランのナタンズ、イスファハン、フォルドゥの核施設を標的とした精密攻撃を実施したと発表。
B2ステルス爆撃機やトマホーク巡航ミサイルを用いたこの攻撃は、イランの核濃縮能力の破壊を目的とした米国初の直接攻撃だった。トランプ氏はこの作戦を「軍事的に完璧な成功」と称したが、米国防情報局の分析では、重要な設備の破壊は限定的で、イランの核計画を数カ月遅らせるにとどまるとの見方が示された。

この介入は、トランプ政権のイスラエルへの強い支持と、イランの核開発阻止という一貫した政策を反映していた。しかし、イランはこれを強く非難し、湾岸諸国の米軍基地への報復を示唆。実際に、カタールにある米軍基地への攻撃が行われたが、これは事前に通告された抑制的な攻撃であり、米側の死傷者は出なかった。この対応は、イランが全面戦争を避けたいという意図を示していた。
停戦は“表面的”…中東の不安定な均衡
6月23日、トランプ大統領は自身のSNSで、イスラエルとイランが「完全かつ全面的な停戦」に合意したと発表し、12日間戦争の終結を宣言した。イスラエルは停戦を認め、ネタニヤフ首相は戦争の目的を達成したと表明。イラン側も、敵が侵略を停止せざるを得なかったとして停戦を受け入れる声明を発表した。これにより、軍事衝突は一時的に収束した。
しかし、この停戦は表面的なものに過ぎない。イランは核開発を「国家の権利」と強調し、計画の放棄を拒否。イスラエルはイランの核開発をゼロにするため、さらなる軍事行動を辞さない姿勢を維持している。トランプ政権も、イスラエルを支持する立場を崩さず、必要に応じて追加の軍事行動を検討する可能性を示唆している。

「12日間戦争」は、中東の地政学的緊張が一触即発の状況にあることを改めて示した。イスラエルとイランの対立は、核開発問題を中心に今後も続く可能性が高い。イランは、今回の攻撃で核施設に一定の損害を受けたものの、核計画を放棄する兆候は見られない。一方、イスラエルは、軍事力による抑止を強化し、必要なら再び先制攻撃に踏み切る構えだ。
米国としては、トランプ政権の強硬姿勢が今後の交渉や対話を複雑化させる可能性がある。停戦合意は、トランプ大統領にとって国内向けの実績づくりとしての側面が強く、根本的な問題解決には程遠い。イランが報復を抑制した背景には、経済制裁や国内の不安定要因への配慮があるが、長期的な緊張緩和には新たな外交的枠組みが必要だ。

日本を含む国際社会にとって、この戦争は中東の地政学リスクが依然として高いことを示している。特に、エネルギー供給や地域の安定に影響を及ぼす可能性があるため、日本企業はリスク管理を徹底する必要がある。サプライチェーンの見直しや、代替エネルギー源の確保など、具体的な対策が求められるだろう。
「12日間戦争」は、イスラエルとイランの根深い対立が引き起こした短期間の衝突だったが、その影響は長期間にわたり中東情勢に影を落とすだろう。停戦は一時的な小康状態に過ぎず、核開発をめぐる緊張は未解決のままだ。国際社会は、軍事衝突の再発を防ぐための外交努力を強化する必要がある。日本企業にとっても、この不安定な情勢を踏まえた戦略的な対応が求められる。中東の未来は、依然として不透明なままなのである。
(執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹)