3月22日、ロシアの首都モスクワ郊外にあるコンサートホール「クロッカス・シティ・ホール」で140人以上が犠牲となる大規模な襲撃テロが発生し、シリアとイラクを拠点とするイスラム教スンニ派の過激組織イスラム国が犯行声明を出した。
この記事の画像(8枚)欧米当局は一貫して、アフガニスタンを拠点とするイスラム国の地域組織「イスラム国ホラサン州(ISKP)」の関与を強くしている。
その後、ロシア当局は実行犯4人を拘束し、4人がタジキスタン国籍であると発表したが、これはISKPの関与を臭わせる。
1月上旬、イラン南東部ケルマンではイラン革命防衛隊幹部の追悼行事を狙った自爆テロが発生し、100人あまりが犠牲となったが、イラン当局は自爆テロ犯の1人がタジキスタン国籍と主張し、この事件でもISKPの関与が指摘されている。
また、ドイツやオランダ、オーストリアなど欧州ではISKPのメンバーや支持者が地元警察に逮捕されるケースが断続的に報告され、逮捕者の多くがタジキスタン国籍で、ロシアにおけるテロもその延長線上で考えられる。
一方、中国を訪問したロシアのラブロフ外相は4月9日、北京で王毅外相と会談し、ロシアで発生したテロで中国側が哀悼の意を表明したことに感謝の意を示し、中国との間でテロとの戦いで協力を継続していくことで一致した。しかし、ISKPが敵意を示すのは何もロシアだけではなく、これまでのISKPによる声明からは、ロシアよりもむしろ中国に強い敵意を示しているように感じられる。
アフガニスタンで台頭する中国
イスラム主義勢力・タリバンがアフガニスタンで実権を握り、2021年夏に米軍がアフガニスタンから撤退したが、中国はアフガニスタンに生じた政治的空白を突くかのように影響力の拡大を図っている。
アフガニスタンには金や銀、リチウムやニオブ、コバルトなど鉱物資源が非常に豊富で、その規模は1兆ドルを超えるともいわれ、中国企業が現地で鉱山開発を強化するなど経済的な浸透を顕著に見せている。2023年1月には、タリバンがアフガンスタン北部にある油田開発で中国企業と大型契約を締結するなど、タリバンと中国との協力関係が進んでいる。同年末には、中国がタリバン政権のアフガニスタン大使を受け入れたが、これは外国政府では初めてのことだ。
しかし、タリバンと敵対するISKPは、タリバンと関係を強化する中国への敵意を強め、中国権益を狙ったテロを実行に移している。
2022年12月には、首都カブールで多くの中国人が宿泊するホテルを狙った襲撃テロ事件があり、中国人5人を含む20人以上が負傷した。事件後、ISKPが犯行声明を出し、中国人客が集まるパーティー会場を狙って爆発物を爆発させたと中国権益を狙ったことを明らかにした。
2023年1月には、カブールにある外務省の入り口付近で自爆テロが発生し、少なくとも5人が死亡し、ISKPが犯行声明を出した。この声明で中国を名指ししたわけではなかったが、外務省を訪問予定だった中国代表団を狙った可能性が専門家の間で指摘されている。
2021年10月には、アフガニスタン北部クンドゥズにあるイスラム教シーア派モスクで大規模な自爆テロがあり、50人以上が死亡したが、犯行声明を出したISKPは自爆犯がウイグル人であると明らかにし、タリバンが中国の指示に従ってウイグル人を排斥しようとしているので、タリバンとシーア派住民を狙ったと間接的にも中国を標的とする意志を示した。
冒頭で示したように、そのISKPによる国際的なテロ活動が顕著になっている。
ロシアやイランではISKP関連の大規模なテロ事件が起こり、欧州ではISKP絡みの逮捕者が相次いで報告されている。習近平政権は、ISKPが同様に中国に向けた国際テロ活動を強化することを強く警戒していることだろう。
中国政府は長年、新疆ウイグル自治区の分離独立を目指す「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」と「トルキスタン・イスラム党(TIP)」などといった武装勢力の存在を警戒し、実際、2013年10月の北京・天安門における車両突入事件、2014年3月の雲南省昆明市にある昆明駅で発生した無差別殺傷事件、2014年4月の新疆ウルムチ市のウルムチ南駅における爆破事件などがこれまでに発生し、TIPが犯行声明を出している。
中国国内でISKPによるテロが起こる蓋然性はそれほど高くはないだろうが、潜在的なリスクは十分にあり、またISKPが外国にある中国権益を狙うことは現実的リスクとして考えられよう。
(執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹)