2019年の京都アニメーション放火殺人事件で犠牲となったアニメーターが描いた絵本が、35年超しにアニメ化された。

作品を受け継いだ仲間たちの思いに迫った。

■“京アニの師匠”が手がけた絵本がアニメに

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3月24日に東京都内で行われたアニメの完成記念試写会。

35年前に出版された絵本「小さなジャムとゴブリンのオップ」が原作となっている。

この絵本は、魔法使いの見習い「ジャム」が怪物「オップ」とのかかわりを通して、魔法使いとして成長していく物語だ。

絵本を手がけたのは、2019年の京都アニメーション放火殺人事件で犠牲となった木上益治(きがみ よしじ)さん。

木上さんは「AKIRA」や「火垂るの墓」など、多くの有名作品にかかわり、京アニでは若手を育てた“京アニの師匠”ともいわれる人だった。

木上さんが京アニに所属する前、アニメーターとして駆け出しの頃にいたのが、今回アニメ化を手がけた東京の制作会社「エクラアニマル(旧・あにまる屋)」だ。

かつての同僚たちが振り返ったのは、才能にあふれた木上さんの姿だった。

「ドラえもん(TVシリーズ)」などの代表作を持つアニメーターの中村英一さんは、木上さんについてこう語る。

アニメーター 中村英一さん:
最初の彼の絵を見て驚いたのは歩いている絵。ほとんどデッサン的にも、動きの点でも直すところない。すごい人が、天才が入ってきたなと。

そして、今回のアニメで監督を務めた本多さんは…。

監督 本多敏行さん:
本当、天才的だったんですよね。やっぱりやってくるものは完璧で、しかも要求したものにちょっとプラスαがある。ここまでやらなくてもっていうところまでやってくるうまさがあったね。

木上さんはアニメ化を見越してか、絵本の他にも8話分のストーリーを残していた。

亡くなった木上さんの思いを古巣の仲間たちが受け継ぎ、アニメ化することになったのだ。

監督 本多敏行さん:
作品というのは作った本人の手を離れて、独り歩きするもんなんですよ。だから“彼の思い”というのは別になくなったわけじゃなくて、それをわれわれが受け継げばいいと思っているんです。やっぱり基を作ったのは木上くん自身だし、それをむしろ広めてやるのは、それを知っている自分たちの役割かなと。

アニメを描くのは、「銀河鉄道999」、「ONE PIECE」、「ドラえもん」などを手がけた、名だたるベテランアニメーターたち。

キャラクターのかわいらしさに加えて、ちょっぴり哲学的で、子どもたちに考えさせるストーリーが魅力のこの絵本。皆、木上さんの思いに共感し、協力したいと集まった。

2023年8月に行われたのは、作画の打ち合わせ。

監督 本多敏行さん:
表情を絵コンテのようにつけてもらえれば。特に演技的な注文はないので自由にやってくださって。

進藤満尾さん:
汗はこれ、流すの?

監督 本多敏行さん:
流さなくていいです。じわっとしているだけで。

パソコンでの作業が主流となっている中、このアニメは一つ一つ、全て手描き。主人公のジャムやオップの表情に魂が込められていく。

「ONE PIECE」などが代表作の進藤満尾さんは、表情豊かなキャラクターを描いたコンテを見せてくれた。

進藤満尾さん:
このまましゃべると、ちょっと弱いじゃない。だから一瞬、リアクションでにらみつけておいて、それでジャムにあーだこーだって、ここで言わせて…。

キャラクターの動きに細部までこだわって作られていることが分かる。

■アニメが完成 作品に込められたメッセージは…

そして、今年3月上旬。ついに17分のアニメが完成し、同月24日に試写会が行われた。

ジャム:
オップと仲良くなるにはどうすればいいんだろう。ねえねえ、おじいさん、ぼくに魔法を教えてよ。

おじいさん:
はあ!(魔法を使う)これは魔法のパンじゃ。いいかい、例えばおまえの心が勇気を持てたその時、奇跡は起きるのじゃ。一度だけ魔法が使えるんじゃ。

魔法のパンをどう使うのか悩んでいたジャム。しかしある時、オップがおなかをすかせていることに気づき…。

ジャム:
オップ、おなかすいているの?このパンをオップにあげなきゃ。でも、これをあげちゃうと魔法が使えない。

ジャムは大切なパンをオップにあげることを決意する。すると突如、ジャムの体が光に包まれ…。

ジャム:
ぼくは魔法を使えるんだ。

オップ:
ほんとか?

ジャム:
オップの夢をかなえよ!ジャムクル ミラクル パンパカパーン!

オップ:
なんだ?うわーっ、まぶしい!

アニメの上映が終わり、拍手に包まれた会場。

監督の本多さんたちは、この作品を「世界の子供たちに広めていきたい」と、シリーズ化を目指す。

監督 本多敏行さん:
先日、木上くんのお母さんと奥さんにお会いしました。だいぶ喜んでくれましたんで。多分、彼の性格からして(木上くんも)『よくやってくれました』と言ってくれるんじゃないかなと思ってます。

原画を担当した中村さんは、涙を拭いながら話した。

アニメーター 中村英一さん:
一緒にやってたもんで、目の前に彼が現われるんです。今日できあがったのを見て、なんとか追善供養はできたのではないかなと思って。

今回制作に携わったメンバーが作品に込めた、子どもたちへのメッセージはこちら。

ジャム:
ぼく、たくさん魔法が使えるようになりたい!

おじいさん:
焦らないことじゃ。自分で感じて、自分で考えて、自分で行動するんじゃ。

天才アニメーターが残した作品は、仲間たちの手によって新たな命が吹き込まれ、35年越しに動き出した。

アニメは中国のSNS「Zhihu(ジーフー)」にて一般公開される。

(関西テレビ「newsランナー」2024年3月25日放送)

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