能登半島地震で壊滅的な被害を受けた「輪島塗」。多くの職人が工房や家を失った。その中には、輪島塗の魅力にひかれ輪島に移住した職人もいる。自宅と工房を火災で失った職人の新たな一歩を取材した。

輪島塗に魅了され…神奈川から移住

世界に誇る輪島の伝統工芸「輪島塗」。石川・輪島市中心部の河井町で暮らしていた諸石健太郎さん(42)は、最後の工程にあたる「上塗り職人」として働いていた。

神奈川県出身の諸石さんは、輪島とは縁もゆかりもなかった。

神奈川県出身の諸石健太郎さん(42)
神奈川県出身の諸石健太郎さん(42)
この記事の画像(16枚)

諸石健太郎さん:
木の箱に漆を塗った作品だったんですけど、木目とか艶っぽさとかが本当に美しくて、それを見てやばいと思って、いつの間にか輪島に来たって感じですかね

輪島塗の魅力にひかれ、職人となった諸石さんは、2018年には、漆作家で妻の優子さんと自分たちのブランド「優角」を設立。スケートボードに漆を塗るなど、枠にとらわれない自由な発想で、輪島塗の新たな世界にも挑んできた。

しかし、1月1日、輪島市中心部を火災が襲った。

諸石健太郎さん:
ただぼーっとしていましたね、別に涙が出るわけでもなく。ただぼーっとしていましたね、うろうろして

諸石さんと家族は無事だったものの、自宅兼工房は全焼。諸石さんは妻・優子さんの実家がある茨城県に避難した。

地震以来2度目の石川へ

2月6日、諸石さんは石川に戻ってきた。地震後に輪島に戻るのはこれが2回目。仮設住宅に入居が決まったのだ。

諸石健太郎さん:
ちらっと情報を聞いていて、すごいきれいで快適だって聞いているので、楽しみですよね

これから2年間、仮設住宅での生活が始まる。

諸石健太郎さん:
元々、すごく古い家に住んでいたのでなんというか…ソワソワしちゃいますね。テレビもあるし、洗濯機もあるし、冷蔵庫もあるし、すごい贅沢な感じですよね

喜んでいたのもつかの間、電気がつかず、悪戦苦闘する場面も。契約をしないと電気が通らないのだという。電気が通るまでの間、自宅と工房があった場所に向かった諸石さんは、何かを拾っていた。

諸石健太郎さん:
絶対使えないんですけど道具の刃物を拾っています、切り出しとか。使えないんですけど、なんでしょう…、わかりません。なんとかなんないかなと思ってとりあえず拾っています

多くの思い出が、家とともに焼き尽くされた。

焼けた状態で残されていた自転車。奥さんの自転車だったが、諸石さんがいつも乗っていて怒られた。ドラム式の洗濯機。「これのおかげで離婚しなくて済んだと言っても過言ではない」夫婦の宝物だった。

諸石健太郎さん:
輪島って天気が悪い。なので冬場に乾燥機付きの洗濯機があって、これのおかげで「けんかが減ってよかったね」っていつも言っていた。そういうのを思い出しますね

仕事や家族との暮らしを再開

県外に避難していた1カ月の間に、諸石さんは“輪島塗職人としての活動を再開する”という結論を出した。

諸石健太郎さん:
別な仕事もあるかなとか言ってはいたんですけど、漆のことを20年くらいやってきて、これから先また別な仕事を始めるより漆しかないんじゃないっていう結論になったんです

諸石さんは夫婦で「道具を譲ってくださいツアー」と名前をつけ、旅に出ることにした。全国にいる諸石さんの友人や職人仲間から、使っていない道具や材料を分けてもらうことにしたのだ。

諸石健太郎さん:
会うたびに道具もいろいろ分けてもらって、めちゃくちゃ考えてくれて、求めていた以上のものをいっぱい分けてくれたりして、これだったらできるかもなっていうのが、ちょっとずつちょっとずつ確信に変わっていったって感じでしたね

仮設入居から約3週間、諸石さんは家族3人での暮らしを再開した。妻の優子さんと娘の夏紬羽ちゃん(1)は正月前に帰省していたため、3人での暮らしは2カ月ぶりだ。2カ月の間に、着々と道具も増えていった。

諸石健太郎さん:
あとは仕事を再開するところまで来たなって感じですね。応援してくださる方もいっぱいいて、あとはやるだけかなって感じですね

家族との共有「やっとできた」

諸石さんはこの日、自宅があった場所に家族を連れて行った。優子さんと夏紬羽ちゃんにとっては震災後初の帰宅となる。

実際に目の当たりにした優子さん。「ここまで崩れると、悲しいとか苦しいとか…よくわからない」と話す。

優子さん:
「何か残っているものがあるんじゃないか」ってパパに何回も何回も言ったけど、実際に来ると…「無理!」っていう。やっとパパの言っていたことがわかりました

「なんかある?」って軽く言ってごめん、と諸石さんに声をかける優子さん。「ないんだね、あるけど。取り出すこと自体に気持ちと体力が追いつかないね」と諸石さんに寄り添った。

家族がバラバラになって2カ月。ようやく家族3人そろっての生活がスタートする。

諸石健太郎さん:
実際に見ないとお互いで気持ちがそろわなかったりもあって、ギャップがすごい夫婦間であったので、やっとこの感じを共有できた。良かったと言っていいのかわからないですけど

輪島塗の魅力にひかれ、輪島で暮らすことを決めた家族は、少しずつ前を向いて進み始めている。

(石川テレビ)

石川テレビ
石川テレビ

石川の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。