「国際女性デー」が制定されている3月にあわせ、フジテレビのアナウンサーが自分の視点でテーマを設定し取材し、「自分ごと」として発信します。
2024年1回目の担当は椿原慶子アナウンサーです。
今回、話を聞いたのは、イギリスの公共放送BBCで初の日本人キャスター・リポーターを務める大井真理子さん。
2006年にBBCに入社し、現在はBBCのシンガポール支局に勤務。スタジオからニュースを伝え、事件や事故が起きた際には、現場に足を運び取材するという多忙な毎日を送っている。私生活では、3人の子を育てるお母さんだ。
この記事の画像(10枚)私自身、子供が産まれるまで、まさに大井さんと同じような職務に就いてきた。ニュースが発生すると、国内や海外、また昼夜問わず取材に向かい、スタジオからもニュースを伝える毎日。やりがいも感じ、大好きな仕事だったが、2人の子供を育てる今、独身の頃とは違う、大きな壁を感じている。
出産で中断されるキャリア、仕事と育児の両立。働くお母さんならではの悩みや葛藤に、大井さんはどう向き合い、自分らしい働き方を見つけているのか聞いた。
「玉の輿」結婚のはずがニュースキャスターに
中高生時代、大井さんは仕事を持つことさえ考えていなかったという。母親も含め周りは専業主婦ばかりで、将来は玉の輿結婚をして家事と育児をやると思っていたという大井さんに転機が訪れたのは16歳。オーストラリア留学中にホームステイ先でした会話だった。
大井真理子さん:
3人の育児をしながら働くホストマザーから「マリコは大きくなったら何になりたいの?」と聞かれ、「結婚」と答えたら、「え、不倫されたらどうするの?」と聞き返されました。それまで考えたことのなかった指摘に驚き、そこで初めて仕事を持つというオプションもあることに気づかされたのです。
「仕事を持つ」ことを意識するようになった大井さんの、その後のキャスターまでの道のりはチャンスをつかもうという行動力にあふれていた。
大井さん:
留学中、たまたま見たBBCのドキュメンタリー映像の力に強く心を動かされ、世界に日本のニュースを伝える人になりたいと決心しました。オーストラリアの大学へ進んだ後、ブルームバーグに入社。しかし、やはりBBCに入りたいという強い憧れがあって、休暇でスウェーデンに行く時、ちょうどBBCの本社であるイギリスを通るから、「じゃあ本社に行って雇ってくださいとお願いしよう!」と思い立ちました。交渉の末、フリーランスで雇ってもらったのが、2006年のことでした。
大井さんによると、BBCでは上司の半分が女性。「先代の女性たちが、女性だってどんな場所にも取材に行けると道を切り開いてくれたおかげで、キャリアを重ねる上で“女性ならではの壁”を感じることはなかった」と話す。
初めて「女性としての葛藤」を抱いたのは、自身が母親になってからだという。
キャスター就任直後の妊娠判明で「後輩に抜かされたら…」の焦り
大井さん:
シンガポール支局に入社して6年経った頃、東日本大震災の取材などを通して「ようやく日本のことだったらマリコに任せられる」と社内で評価されるようになりました。そしてキャリアをさらに広げたいと考えていた時、ちょうどニューヨーク支局で産休による欠員が出て、そのカバーの形で短期のアタッチメントの話が舞い込んできました。それに応募してニューヨークで6カ月間働きました。その後、「BBC本社でもレポーター・キャスターをやりたい」と応募し、いざ希望が叶ってロンドンに着いたタイミングで、なんと妊娠が発覚しました。
大井さん:
ロンドンでのキャスター業を始めた直後にキャリアを中断しなければならず、悔しい気持ちが正直ありました。しかし、上司たちは妊娠を本当に泣いて喜んでくれて、私が「これで取材ができなくなったら嫌だ」と言うと、「自分は30年ニュースの世界にいるけれど、悲しいかな、今起きているデモや戦争じゃなくても、ニュースにはサイクルがある。妊娠や出産で1年休んだとしてもブランクにはならないから大丈夫」と言ってくれました。
そして実際に長女が生まれて数週間の時にデモが起き「取材に行きたい!」と上司にメールをしたら、「産休中のメールは違法だからやめてくれ」と怒られました。後輩が取材に行っているのをテレビで見て、「私が行きたかった」と当時は複雑な思いを抱きました。「後輩に抜かれてしまったらどうしよう」という焦りもありました。
ずっと第一線で取材をし、キャスターとして言葉を届けていたからこそ感じた大井さんの悔しさと焦り。しかし、第二子を産んでから気持ちに変化が生まれたという。後輩がデモのニュースを伝えているのを見て、「ずっと『チャンスが欲しい』って言ってたし、行けて良かったね」と思えたそうだ。「働くお母さんとして、独身の時のようにはキャリアを積めないが、働くお母さんだからこそできる報道もある。そこに集中しよう」と考えるようになったという。
大井さんは現在、3人の子供を育てながらキャスターとレポーターの仕事を続けている。東京オリンピックの取材では、2カ月にわたって子どもたちと離れて過ごしたという。
子どもには「ごめんね」より「ありがとう」を伝える
子どもに後ろ髪をひかれながらも仕事に行くのは、働く母親なら誰しも経験すること。大井さんはそんな時、子どもとどう向き合っているのだろうか。
大井さん:
我が家では、ママのお仕事はニュースを伝えることで、ママはそのお仕事がすごく好きだからやりたいんだ、と話して仕事に行っています。
昔は子供に、「ママお仕事でごめんね」と言っていた時期がありましたが、「ごめんね」だと、子供は自分が可哀そうな子なんだと思ってしまうから、「ごめんね」より「ありがとう」と伝えることを大事にしています。いい子でお留守番してくれたから「お陰でママはすごくいいお仕事ができたよ。ママが伝えたニュースはこういうニュースで、こんなふうに大切で、世界の人に知ってもらえたよ。お手伝いしてくれてありがとう」って。子供にも、ママの仕事に貢献してると思ってもらえているように感じています。
BBCでは、女性社員が働きやすいよう、社内に搾乳室が設置されている他、産休の欠員が出た場合、他の人がキャリアアップのチャンスとして「半年間のアタッチメント」として働く制度がある。日本で産休を取る際には周りの人の仕事量が増えるため、申し訳なさを抱きながら取得するケースもあると思うが、BBCでは「産休は他の人のチャンス」になっている。大井さんも「日本でも産休・育休を取っている時に罪悪感を抱くことなく、周りにとってもプラスとなる方法が見つかればいい」と話す。
また、若い世代に向けて、ブログやSNSを通して「大変だけど育児と仕事は両立できる」というメッセージを発信している大井さんは「両立は不可能じゃない、どちらも諦めなくていいと思って欲しい」と力強く語った。
インタビューの途中にも、飛び込んできた経済ニュースを大井さんがスタジオから伝える場面があり、その姿から仕事への情熱を感じた。
母になり、自分以外の大事なものができると、仕事への情熱を独身時代と同じように持ち続けることは難しくなる。しかし大井さんがキャリアアップ・妊娠・出産という環境の変化があっても、自分の限界を決めつけず挑戦し続けたこと、周りもその意思を自然と受け止める雰囲気と体制があったことが、大井さんの活躍の裏にあったのだと気づかされた。BBCと日本企業の働く文化や環境に違いはあれど、女性活躍のヒントになるのではないかと感じた。
(取材・文/フジテレビアナウンサー 椿原慶子)
「ジェンダーについて、自分ごとを語る」
2023年に続き、フジテレビアナウンス室では、アナウンサーが自主的に企画を立ち上げ、取材し、発信します。
「私のモヤモヤ、もしかしたら社会課題かも…」まずは言葉にしてみることから始める。
#国際女性デーだから
性別にとらわれず、私にとっての「自分ごと」、話し合ってみる機会にしてみませんか。