大ベストセラーとなった「ビリギャル(※)」の主人公、小林さやかさん。留学しているニューヨークのコロンビア大学院は、いよいよ修了に向けてラストスパートに入った。
留学前「自分の価値観をアップデートさせるにはコロンビア大学院が最適なステージ」と言っていたさやかさんが、2年目の秋学期に新たに学んだものとは?
人の幸せを研究する学問を学ぶ
「ポジティブサイコロジー(Positive Psychology)が面白くて、日本の方に伝えたいと思うことが多かったですね」
昨年9月から始まった秋学期について聞くと、さやかさんは開口一番こう答えた。コロンビア大学院への留学が決まってから、インタビューするのは今回で4回目となる。
入学時、英語力は“ビリ”からのスタートだったさやかさんだが、「人生であと何回、自分からビリになりにいけるのか楽しみです」と超一流の講師陣や学友たちとチャレンジングに学んできた。

「ポジティブサイコロジーは何を学ぶ学問?」と筆者が聞くと、さやかさんはこう答えた。
「人の幸せを研究する学問です。サイコロジーはこれまで鬱などマイナスな状態をどう改善するかを問う学問でした。でもポジティブサイコロジーは、幸せであるためには何が必要なのかに焦点を当てています。つまり、プラスの状態をどうつくるか?を問う学問なんです。」
ウェルビーイングは2つに分けられる
「例えばウェルビーイングは2種類に分けられるんですよ」とさやかさんは続ける。
「まず、ヘドニックウェルビーイング(=Hedonic Well-being)があります。ヘドニックはいわゆる快楽とか楽しい、嬉しいと感じている状態です。例えばハワイのビーチで『気持ちいい!』という状態ですね」

もう一つはユーダイモニックウェルビーイング(Eudaimonic Well-being)だ。
「これは何か成し遂げた時に感じる達成感や満足感ですね。私もユーダイモニックがないと生きていけないタイプなんですけど、ユーダイモニックは自己実現や成長で心が満足する状態なので、環境に与えられた刹那的快楽的なヘドニックよりも長期的に続くんですね」
日本のお母さんが足りないものとは
ポジティブサイコロジーを学びながら、さやかさんはふと昔を思い出した。
「留学前、ビリギャル本人として年間百本以上講演して回って、どこに行ってもちやほやされて…たぶんヘドニックは満たされていたんです。だけどずっと心の中で何かが欠けていて、『私はこれでいいんだろうか』という焦燥感や物足りなさがずっとありました。でもそれが埋まった瞬間が、留学を決めた時だったんですよ。新しい目標を持って進むべき道が見えたとき、ユーダイモニックが少し埋まったんでしょうね。ポジティブサイコロジーで、私が今まで体験してきたものが理論的に学べて、めっちゃすっきりしましたね」
そしてさやかさんは「これは私だけの体験ではない」と考えた。
「日本の女性、特に仕事を辞めて専業主婦として子育てをされているお母さんは、自己実現や自己成長を感じられる機会が少なくなりますよね。中にはちょっと物足りないというか、『私は社会的に価値があるんだろうか』と悩むお母さんが私の周りにもたくさんいて、ユーダイモニックが足りないんだなと気づいたんです」
子どものやり抜く力を育てるには
秋学期に学んだヒューマン・ディベロップメント(Human Development)では、最終論文の課題が「人間発達理論を使って保護者か教育関係者にアドバイスをしてください」だった。
そこでさやかさんが選んだアドバイスが、これまでもよく保護者から聞かれた「子どもを忍耐強く頑張れるようにするには、どうやって育てればいいか」だ。
論文の結論は「子どものグリット(やりぬく力)が育つのに大切なのは、保護者がグリットを持っているかどうか」だった。
「この研究では3つの子育てスタイルが関係因子として研究対象となっていました。1つが愛情と温かみのある子育て。もう1つが自律性を支援する子育て。『あなたの人生だから、あなたが決めなさい』と、子どもに選択と行動をさせる。最後が心理的コントロール。『あなたはこうだからこうしなさい』という、タイガーマム(中華系の教育ママ)みたいな」

さやかさんが読んだ論文の中で、最も子どものグリットを高める子育てのスタイルは「心理的コントロール」だった。しかし子どもが親元を離れると持続せず、自尊心が傷つけられるなどの副作用があることから勧められないと書かれていた。さやかさんはこう続ける。
「では愛情をもって自律性を高める子育てを行えばいいのかというとそうではないんです。どんな子育てをしていても親にグリットがないと、子どものグリットを下げるんです。だから例えば保護者が仕事を頑張っているのを背中で見せることが必要なんですよね。親が子どもにとって良きロールモデルになることが、なによりも強く子どものグリットを育てます。」
お母さんが自立して幸せでいること
いよいよコロンビア大学院は今年の5月で修了だ。以前さやかさんは、帰国したら教育で起業したいと語っていた。修了後について聞くと、さやかさんはゆっくりとこう語り始めた。
「私、最近すごく考えているんですけど、お母さんたちが自立して幸せでいることは、結局子どもたちにとって一番大切なことだなと。だから『子どもたちにこういう教育を』というアプローチももちろん大事なんですけど、私はまず大人、特にお母さんたちがそれこそユーダイモニックを感じながら生きることが重要だと思うんです」
さやかさんは昨年夏デンマークやフィンランド、オランダを旅して、“専業主婦”が死語になっていることに驚いたという。
「寿退社という言葉や結婚したら女性が家に入るという概念ももうなくて、女性が仕事をしている自分に誇りを持っている。女性が経済的にも精神的にもめちゃくちゃ自立しているのをすごく感じたんですね。だからジェンダーギャップも少ないんだと思うんです」
子どもの幸せとジェンダーギャップの関係は
そしてさやかさんはこう続けた。
「お母さんたちにユーダイモニックが欠けていると、心に空いた穴を子どもで埋めようとするケースがすごく多いんです。だから日本でもお母さんが経済的、精神的に自立すると、子どもたちにとっていい環境が勝手に広がっていくんじゃないかなとすごく思っていて。ジェンダーギャップを埋めることと子どもの幸せってすごく連動していると思います」

筆者は留学前のさやかさんに「修了して帰国したら教育をどう変えたいですか」と聞いたことがある。その時、さやかさんはこう語った。
「私はいつか日本が、『世界一幸せな子どもが育つ国』と言われるようになってほしい。そのためには教育が変わるしかないと思っています。教育の本質は”憧れ”です。子どもから憧れられる大人が増えることが、最高の英才教育だと信じています」
間もなく修了するコロンビア大学院で、さやかさんには日本を「世界一幸せな子どもが育つ国」にするための答えが出たようだ。
(※)『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40あげて慶應大学に現役合格した話』(坪田信貴著)