イギリスでは2024年にも総選挙が行われるが、与党・保守党の支持率は低迷しており、最大野党・労働党による政権奪還が現実味を帯びている。そして「次の首相に最も近い男」とされるのが、その労働党のスターマー党首である。
この記事の画像(11枚)日本では2023年10月に行われた党大会でスピーチ中に乱入した男にキラキラする粉をかけられたことがニュースとして扱われたものの、その他で報じられることが少ないため、あまり知られていない存在だ。では、イギリスで、スターマーという人物はどう思われているのか?
「誠実だが、退屈」ともいわれるスターマー氏の人物像に迫る。
総選挙は2024年秋か
G7広島サミットで来日し「お好み焼き」作りや「カープ靴下」などで日本で人気となったスナク首相だが、イギリスの調査会社ユーガブが2023年12月12日に実施した世論調査では、「誰が首相に適任か」との質問でスナク氏とした回答はわずか19%に過ぎない。
物価の上昇や成果が出ていない難民問題などが響いてスナク氏を推す声は少ない。そして与党・保守党の支持率も22%と低迷している。
イギリスでは、5年の任期満了となる2025年1月24日より前に次の総選挙を実施する決まりになっているが、イギリス政治を専門とするストラスクライド大学のカーティス教授によると、総選挙は2024年秋に行われる可能性が非常に高いという。
「解散時期を決めるのは与党の保守党で、できるだけ遅い時期にしたいだろうが、クリスマス休暇での選挙活動は避けたいため、2024年10月か11月になる可能性が高い」
保守党政権に国民うんざり?
低迷する保守党を横目に、支持率でリードを広げ14年ぶりの政権奪取を目指しているのが最大野党の労働党だ。政権交代をにらみ1997年に政権についたブレア元首相を手本に経済成長などへの実行力をアピールし、その支持率は44%と保守党の倍近くとなっている。
前出のカーティス教授は保守党による失策となかなか回復しない経済状況が現政権の支持率を下げ、よって最大野党である労働党の支持が高くなっているという。
「ジョンソン元首相がコロナ禍に首相官邸でパーティーを開いた疑惑で多くの国民の反感を買った。そして、後継者のトラス前首相による経済政策が金融市場の混乱を招き辞任に追い込まれたことが保守党の支持率が大きく低下した主な理由。その後のスナク氏もあまりパッとせず、相対的に最大野党である労働党の支持が高くなっている」
スターマー氏は元敏腕弁護士
その労働党を2020年から率いているのがキア・スターマー氏だ。冒頭でもふれたが、日本のニュースではその動静がほとんど報じられることがないため、あまり知られていない存在だ。
労働党の公式プロフィールによると、現在61歳のスターマー氏はロンドン南西部にあるサリーで、工場に勤務していた父親と看護師の母親の間に1962年に生まれた。両親ともに労働党の支持者だったという。キアという名前の由来は、イギリスの労働党創設者の一人のキア・ハーディからとられ、さらに10代から労働党員として活動していたという筋金入りの党員だ。
母親が重病を患って入退院を繰り返していたため、その生活は厳しいものだったという。多くのイギリスの政治家が通うプライベートスクールではなく、地元の公立校に通ったスターマー氏は、家族や親せきのなかで初めて大学に進学したという。
1987年に弁護士資格を取得したスターマー氏は、人権問題に詳しい敏腕弁護士として活躍。
その活躍ぶりから、彼が日本でも有名な「ブリジット・ジョーンズの日記」に出てくるマーク・ダーシーのモデルだという噂がたったこともあったという(その後、作者が否定)。
わずか5年で党首に
スターマー氏は、2008年から5年にわたり検察庁長官を務めた後、2015年に政界入りした。ロンドン選出の下院議員として精力的に活動。その活躍を買われ、政界入りわずか半年で野党が政権交代に備えて現内閣に対抗して組織する「影の内閣」の移民担当相に抜擢、さらにその1年後には要職である欧州連合(EU)からのブレグジット担当相を務めた。
そして2019年にイギリス総選挙で労働党が大敗すると、スターマー氏は党首選挙に立候補することになる。議員生活が5年と短いにも拘わらず、さっそうとした身なりや弁護士出身としての巧みな話術、そして前党首とは違い中道路線をアピールすることによって党員や有権者から幅広い支持を集め、結果見事圧勝。第22代労働党党首に選ばれた。
仕事はできるが退屈?
では、そのスターマー氏とはどんな人物なのか。スターマー氏の下で、影の平和・軍縮担当大臣を長年務めたハミルトン議員に聞いた。
「スターマー氏はとても雄弁で、謙虚で、人に説教をせず、明るい。とにかく知的だ。退屈だとか、カリスマ性がないなどといわれているのは知っている。実際そういうところもあるかもしれないが、それを十分以上に補うほどに、非常に有能で誠実な人物だ」
ハミルトン議員は、このように述べた上で、「今、労働党、そしてイギリスに必要なのはカリスマ性のある人物ではなく、有能なリーダーなのだ」と力説した。
前出のカーティス教授も、スターマー氏は党首として労働党が何をすべきなのか、イギリスをどう変えたいのかなどの、明確なビジョンを示すことはあまりなかったとしつつも、とにかく優秀だという印象は国民に与えてきたと話す。
「国民はスターマー氏が議会で首相に質問する姿をよく見ている。ただ、その際自分のビジョンを示すよりは、あくまでも弁護士のように首相を上手に非難している姿を見せてきた。だからスターマー氏に感情移入することはあまりないが、でも彼のことをとても優秀な人物として見てきただろう」
政権奪還するには適任?
労働党内ではこれまで、基幹産業の国有化や授業料の自由化など、そしてユダヤ主義に対しての姿勢など、多くの政策の相違で分裂や対立を繰り返してきた。そんなさまざまなグループが混在する労働党をスターマー氏は一つにまとめあげて次の総選挙に臨めるのだろうか。
ハミルトン議員は「スターマー氏の下、一致団結している」と力強く語る。
「党内でさまざまな意見があるのは当然だ。だが、今の労働党は次の総選挙で必ず勝つという目標に向けてスターマー氏の下一致団結している。それは間違いない。そして我々はかならず政権を奪還する」
一連の取材で見えてきたのは、派手さやカリスマ性はなく「退屈」と揶揄されることはあるものの、右派や左派のバランスを取りながら融和を図って党をまとめてきたスターマー氏の姿だ。そして、コロナや経済政策で保守党がつまずくと、元検事局長さながらの厳しい追及を行って国民にアピールしてきたのだ。その結果、彼が党首を務めたこの3年間で保守党の支持率は下り続け、労働党のリードを盤石なものにして、“最も次の首相に近い男”と呼ばれるようになったわけである。
歴史はスターマー氏をどのように評価するのだろうか。2010年の総選挙以来、4回連続して敗北している労働党を勝利に導くことができれば、ブレア元首相以来の名党首としてその名を歴史に刻むことになるのだろう。
(FNNロンドン支局長 田中雄気)