2023年2月6日、トルコとシリアで大地震が発生し、あわせて5万6000人以上が犠牲になった。
被害拡大の大きな要因となったのは、防災知識の欠如。トルコでのマンガ人気を生かした「防災マンガ」で、防災知識をいかに高めるかという難題に日本人建築士が挑む。

「神のご意志だから耐えるしかない」という価値観

トルコとシリアで甚大な被害を出した2月の大地震発生当日、被災地の空港が閉鎖されたため、私はイスタンブールから約1000キロ離れた被災地に陸路で駆けつけた。

カフラマンマラシュでがれきと化した自宅付近で家族を待つ人々(2023年2月)
カフラマンマラシュでがれきと化した自宅付近で家族を待つ人々(2023年2月)
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がれきと化した被災地は泣き叫ぶ人やぼう然としゃがみ込む人で溢れ、凍えるような寒さの中、多くの人は見つからない家族を昼夜待ち続けていた。

衝撃を受けたのは、被災者が「地震は天災で、神のご意志だから耐えるしかない」と答えることだ。実際は、耐震基準を満たした建物はほとんど倒壊しておらず、全壊した建物は耐震に問題があったほか、住民に防災知識があればここまで死傷者が出なかったのは明白だった。被災者たちと話す度に私のフラストレーションは溜まっていった。

アニメやマンガが大好きな子どもたち

同時に、私たちが日本人であることを知った被災地の子どもたちが、日本のアニメやマンガが大好きだと話してくれたことに興味をそそられた。

シリア国境の町・キリスの被災者用キャンプでマンガが大好きと語っていたシリア人の子どもたち(2023年2月)
シリア国境の町・キリスの被災者用キャンプでマンガが大好きと語っていたシリア人の子どもたち(2023年2月)

突如、「防災」と「マンガ」という2つが私の頭の中で1つになった。「防災マンガを作ったらトルコ中の人々に届くのではないか?」と。

10年来のトルコでの友人に、トルコ全土で防災の啓発活動を続けている一級建築士の森脇義則さんがいる。防災ガイドブックを読むのが難しい人でも、面白いマンガならみんな読みたくなりトルコ中の人々に届くのではないか?こう思った私は、被災地からトルコの老舗コミック出版社の1つ、「コミックシェイレル」の知人に電話。森脇さん監修で「防災マンガ」を作ってみてはと持ちかけたところ、知人はすぐに前向きな返事をくれた。

そしてそのまま森脇さんに電話すると、トルコの子どもたちがマンガが大好きだということを知っていたため「すぐに作りましょう!」と賛同してくれた。

トルコ初の防災マンガプロジェクト

こうして地震発生直後の2月、唐突にトルコ初の防災マンガプロジェクトが始動した。

森脇さんがイスタンブールで行った防災マンガを使った講演(2023年8月)
森脇さんがイスタンブールで行った防災マンガを使った講演(2023年8月)

防災マンガは、2023年3月に『手塚マンガ』という雑誌に4ページの読み切りで掲載され、森脇さんはそのマンガを手にトルコ全土で地震講演を始めた。

イスタンブールで森脇さんの講演中、真剣に防災マンガを読む子どもたち(2023年8月)
イスタンブールで森脇さんの講演中、真剣に防災マンガを読む子どもたち(2023年8月)

講演に参加した子どもたちからは、「実際に絵で見るととてもわかりやすい」との声が聞かれた。

防災マンガは単行本に…試行錯誤しながらの制作

4ページの防災マンガが好評だったため、森脇さんは単行本の作成にも取り掛かった。出版社責任者のトルガ・クライさんは経緯についてこう説明する。

「マンガを読むことにより防災知識を学んで欲しいと思ったので、すぐに賛同しました。森脇さんはトルコでとても有名なので、森脇さんを主人公にして半人前の地震の妖精を登場させようという私のアイデアに沿ってストーリーが作られました。森脇さんのパートナーには、高校生マンガ家のスラ・ヒペルさん(17)を抜擢しました。彼女は若いですが、努力家で考え方が柔軟なので、森脇さんの希望に沿ったマンガが描けると思いました」

PCを使い防災マンガ制作のミーティング風景 中央:スラさん、右:森脇さん(2023年8月)
PCを使い防災マンガ制作のミーティング風景 中央:スラさん、右:森脇さん(2023年8月)

どのような内容にするかを3人で話し合い、森脇さんの防災講演用動画やスライドなどを参考に、高校生マンガ家のスラさんが下書きを描く。その後、イラストが間違っていないかを森脇さんが念入りにチェックする形でマンガ制作は進められていった。

マンガのタイトルは「Moriwaki'nin Deprem Rehberi(森脇の地震ガイド)」。制作に参加した高校生マンガ家のスラさんは、「試行錯誤しながら描いている」と語る。

防災マンガを描いた高校生のスラ・ヒペルさん(17)(2023年8月)
防災マンガを描いた高校生のスラ・ヒペルさん(17)(2023年8月)

「難しいことも多いです。例えば森脇さんが言う『胎児のように丸まった姿勢』というのもわからなかったので説明してもらいました。防災バッグを描くときにもこれは必要か?と色々迷い、相談しました。試行錯誤しながら描いています。子どもたちには将来起こりうる地震に予備知識を持って対応できるよう、読んで欲しいです」

多くの人に防災マンガを届けたい

マンガには、森脇さんが地震セミナーで訴えてきたことや被災地で必要と感じたことなど、長年の経験が盛り込まれている。

防災マンガの表紙と「生命の三角形」を説明するページ
防災マンガの表紙と「生命の三角形」を説明するページ

小中学生や、読み書きの不得意な人でもわかりやすい言葉とイラストを使い、「防災バッグはどのように準備するの?」「生命の三角形って何?」「地震が実際に起こった後はどうするの?」「地震はなぜ起こるの?」など、備えるべき準備、実際に地震が来た瞬間や揺れが収まった後にはどうすればいいのかが具体的にわかるようになっているのが特徴だ。

勝亦孝彦大使(右)に防災マンガを紹介(在トルコ日本国大使館のSNSより・10月公開)
勝亦孝彦大使(右)に防災マンガを紹介(在トルコ日本国大使館のSNSより・10月公開)

現在、森脇さんはトルコのニュース番組に出演したり、トルコ政府や地方自治体、在トルコ日本大使館などに赴き、防災マンガを見せながら防災教育の重要性を説いている。

大学の建築土木学部の学生たちや、被災した11県の建設業者へのセミナーなど、別の地震プロジェクトもあり、多忙を極めている。

ブックフェアで子どもたちに直接伝える

こうした中でも、森脇さんは毎週のようにトルコ各地のブックフェアに赴き、地震講演と防災マンガのサイン会を行っている。

首都・アンカラで行われた防災マンガのサイン会(2023年12月)
首都・アンカラで行われた防災マンガのサイン会(2023年12月)

というのも、ブックフェアには地元の学校や自治体が学生を連れてくるため、森脇さんは、子どもたちに直接、地震防災を伝えることができる機会を大切にしているという。

トルコ南部のアンタルヤで行われたサイン会で握手を求められる森脇さん(2023年11月)
トルコ南部のアンタルヤで行われたサイン会で握手を求められる森脇さん(2023年11月)

「マンガ好きの子どもや親は、地震がマンガになったの?と驚いています。まさか自分の本が出版され、サイン会をする日が来るとは思ってもいなかったです。2024年は日本・トルコ外交関係樹立100周年ですので、防災マンガも絡めて盛り上げていきたい。この本が教材として学校教育に取り入れられれば、防災意識がトルコ全土に定着すると確信しています」

思いが形になった感動…そして防災マンガで被害が減る事への期待

2023年12月には、フルカラー英語版も発売された。英語で防災教育というコンセプトが私立学校に受け入れられやすいとの狙いだ。また、2023年はモロッコでも大きな地震被害があるなど防災知識の低い国は多く、森脇さんは、マンガを通してトルコ国外にも日本の防災知識を伝えていきたいとしている。

防災マンガの英語版表紙と危険回避行動を説明するページ
防災マンガの英語版表紙と危険回避行動を説明するページ

私の思いつきから始まった防災マンガだが、手伝ったのは子ども向け防災マンガなど参考になる画像をスラさんに送っただけだ。そのため、完成したマンガを読んだ時は感無量だった。

防災マンガで妖精が地球に地震のことを学びに行くシーン
防災マンガで妖精が地球に地震のことを学びに行くシーン

2月の大地震で寒さに震えながら、涙目で「耐えるしかない」と言っていた被災地の人たちを思い出しながら、防災マンガのページをめくる。すると日本のマンガ文化の力が融合した防災マンガの必要性を改めて感じるとともに、今後、防災マンガのおかげで被災する人たちが減ることを願ってやまない。
(FNNイスタンブール支局 土屋とも江)

土屋 とも江
土屋 とも江

イスタンブール支局 プロデューサー