トルコ・シリアで5万6千人以上が亡くなった大地震から8月6日で半年となった。トルコ南部の街では違法改築が行われていたマンションが倒壊し、36人が命を落とした。しかしその後の行政の動きは鈍く、半年経った今も逮捕者は1人も出ていないだけでなく、違法改築を黙認した担当者の事情聴取さえ行われていない。遺族たちは厳しい戦いを強いられている。

息子が住んでいたマンションだけが倒壊

2023年2月6日に起きたトルコ・シリア大地震。トルコ南部の街カフラマンマラシュの大通り沿いは、その地盤の強固さから、ほとんどの建物が被害を免れた。ただ一部を除いては――。

周辺の建物は被害もなく、今でも人が住んでいる
周辺の建物は被害もなく、今でも人が住んでいる
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ヌルギュル・ギョクスさん(47)の息子家族が住んでいた9階建てのマンションは、強い揺れにより一瞬で倒壊し、住んでいた息子(30)、息子の妻(26)、孫(6カ月)の3人が命を落とした。このマンションには当時38人が住んでいたが、うち36人が亡くなった。

息子家族を亡くしたヌルギュル・ギョクスさん(47)
息子家族を亡くしたヌルギュル・ギョクスさん(47)

ヌルギュルさん:
通りには母の家と妹の家があり、無事でした。地盤も固い場所なので、息子のマンションも無事だろうと、マンションが倒壊するなんてかけらほども考えていませんでした。しかし初めてがれきを目の前にした時、私の心も崩れ落ちました。

エアコン業者が作業を恐れるほどの違法改築

このマンションが倒壊した原因は違法改築とみられている。そして住民たちは地震が起きる前に違法改築の危険性を行政に訴えていた。

マンションの改築はマンションの一階にあったパン屋が2017年に行ったことが、その後わかっている。しかし申請などは出されず行われたため、居住者は当時、誰も知らなかった。

しかし2021年、エアコン設置業者による指摘で違法改築の事実が発覚する。エアコンを設置するために業者がマンションの裏側に入ったところ、壁の至る所に穴が開いているのを発見。エアコン業者は危険すぎて作業できないとして仕事を断り、住民に「おそらく耐震に問題があるので対応した方がいい」と伝えたという。

違法改築で赤い線の柱を切断
違法改築で赤い線の柱を切断

その後、住民たちが建物を調査したところ、1階で営業していたパン屋がレストランを併設するために、建物中央にあった柱を切断していたことがわかった。それだけでなく、中2階のための梁も撤去し、内階段を設置していたほか、店の裏側にキッチンを作るため、壁に穴をあけて通気口を勝手に作成。さらに料理を上下させるための昇降機の設置のため、一部の壁を撤去していたことも判明した。

違法改築で壁に開けた大きな穴
違法改築で壁に開けた大きな穴

役所は「不正はない」と回答

住民たちは全ての証拠写真を撮り、地元カフラマンマラシュ市役所に対して、建物の耐震性に問題があるとして行政による対応を求めた。しかし市役所側の動きは鈍く、現地に専門家が派遣されることはなかった。

カフラマンマラシュ市役所「不正行為は見られない」との回答書
カフラマンマラシュ市役所「不正行為は見られない」との回答書

市役所側からは後に「申請が出て改築しているので問題はない」「不正行為は見られない」と担当者の署名付きで回答が返ってきたという。しかし実際には改築に必要な申請は出ていなかったことがわかった。

一方で、パン屋は建物外側に店を広げる改築は申請していた。それらも違法改築だったが、トルコ特有の制度により改築は進められた。その制度とは、建築基準に合致しない建築でも行政に一定の金額を支払えば利用が認められる「建築恩赦」と呼ばれる。

マンション倒壊で3人の家族を失ったヌルギュルさんによると、内部の違法改築は、外側の改築工事とまとめて「建築恩赦」と判断され問題ないとされた可能性があるという。

亡くなったヌルギュルさんの息子家族
亡くなったヌルギュルさんの息子家族

2023年2月、違法改築によって耐震性が低くなっていたためか、マンションは大地震の揺れを受けて、ねじれるように一瞬で崩れた。当時8階に住んでいたヌルギュルさんの息子家族はベッドで寝た状態で、発災後8日目に発見された。弁護士として働き、子どもが生まれたばかりだったひとり息子と家族の将来は一瞬で失われた。

関係者は拘束すらされず

その後の調査で、このパン屋は市内にある他の2店舗でも違法改築していたことが判明した。パン屋が入っていた建物は、このマンションと同様に倒壊したか、もしくは重度の損傷を受けていたこともわかった。

ヌルギュルさんは震災後、住人たちが倒壊前に撮影していた違法改築の証拠などとともに不正の実態を訴えたが、当局の動きはいまだ鈍い。これまでに検察が証拠としてがれきの写真を撮っていっただけで、調査らしい調査はされていないという。

倒壊後でも柱が人工的に切断されていたことが分かる
倒壊後でも柱が人工的に切断されていたことが分かる

ヌルギュルさん:
カフラマンマラシュ、アドゥヤマン、ハタイ、マラティヤなど同じ境遇の多くの家族と連絡を取り、弁護士とともに一緒に行動しています。半年間戦っています。しかし、訴追の段階までいっているケースは1つもありません。法的な対応を見ると、全く世紀の大災害ではなかったかのようです。

一方で民間レベルでの調査は進んでいる。アンカラ商工会議所の専門家が調べた結果、「パン屋の改築は申請しないといけないレベルの改築であった」との報告書が出された。これに対しパン屋のオーナーは「2017年に行った工事は改築ではなく、デコレーション(飾り付け)を変更したレベルのもので、申請の必要はなく、耐震に影響はない」と反論した。

オーナーは現在、訴訟対象者のため当局から海外渡航が禁止されているが、これまでに拘束や逮捕などはされていない。

倒壊前の店舗
倒壊前の店舗

また、違法改築を黙認した市役所も訴訟の対象となっている。しかしトルコでは行政を訴えるためには県庁の許可が必要で、いまだ許可が出るのを待っている状況だという。そのため調査も全く進んでおらず、当時、違法改築を黙認した市役所の担当者は事情聴取すらされていない。

倒壊前に市役所に提出した調査依頼書の一部
倒壊前に市役所に提出した調査依頼書の一部

遺族の訴えを制限か…SNSへの投稿が強制削除

家族を失ったヌルギュルさんは、こうした状況を広く知ってもらうためSNSでも発信してきた。これらの投稿には有名人が反応してくれたこともあったが、突然、規定違反として投稿が削除されたこともあったという。ヌルギュルさんは何らかの圧力が働いている可能性があると悔しさを滲ませる。

ヌルギュルさん「責任がある人が全員罪を償うまで、私は絶対にあきらめません」
ヌルギュルさん「責任がある人が全員罪を償うまで、私は絶対にあきらめません」

ヌルギュルさん:
私たちは「過失致死」ではなく「故意の殺人」で法的措置が取られることを希望しています。違法に改築し耐震をなくすのと、銃を突き付けて殺すのと何も変わりません。また建築恩赦などというものは撤廃されるべきです。責任がある人が全員罪を償うまで、私は絶対にあきらめません。

違法改築の責任を問い、同じような悲劇が2度と起きないようにしてほしいという遺族の願いが叶う日が来るのか、信じて待ちたい。

※この事案とは別に、トルコ当局はこれまでに違法な建築に関わったとしては1570人を拘束、うち351人を逮捕している。

(FNNイスタンブール支局長 加藤崇)

加藤崇
加藤崇