全国のご当地麺やお店の味が自宅で味わえるカップ麺として、多くの人に支持されているヤマダイの「ニュータッチ 凄麺」(以下「凄麺」)。
2001年10月29日の誕生から今年で25年。ロングヒット商品に加えて、新たなご当地麺も次々と登場し、今では30種以上を展開するブランドへと成長した。
その人気を支えているのが、10年以上かけて開発した独自のノンフライ麺製法。さらに、「凄麺」を愛するファンの存在、ご当地との深い絆、全国へ味を届けるためのこだわりも。「凄麺」に携わる人たちの声から、愛され続ける4つの凄さをひもといていく。
「凄麺」を愛するファンの存在
まず見えてきたのが「凄麺」を愛するファンの存在だ。
茨城県にあるヤマダイ株式会社の本社で行われたイベントに集まったのは、「凄麺」のファンクラブ、「すごめんち」のメンバーたちだ。
「父親がよく食べていて、それからおいしさに感銘を受けて。小学生の頃から食べていたので10年くらい食べています」
そう語ったのは、このイベントに最年少で参加した10代の男性。凄麺歴10年で、小学生の頃から家族で楽しんできた味だという。
過去のさまざまな「凄麺」を食し、そのフタをファイリングしているという筋金入りのファンも。このコレクションにはヤマダイの社員も驚いていた。
そんな彼らをとりこにする「凄麺」の魅力とは何なのだろうか。
凄麺ファンが、心を奪われた一つとしてあげるのが「麺」だ。
「具材のおいしさも麺のおいしさも最高」「食べていて心意気を感じる。スープもおいしいけど、特に麺」「食べてみたら何この麺、本物じゃんって。それでハマった」
凄さ(1)麺はゆでても油で揚げない
「凄麺」の凄さを生み出す源の一つが、麺。
1948年の創業以来、麺のおいしさを追求し続けるヤマダイが、10年以上かけて開発した独自技術「凄麺ノンフライ麺製法」だ。
「凄麺」の誕生当時から関わる開発担当者は、当初はさまざまな課題があったと話す。
「他社のカップラーメンの品質、麺質のコピーではなく、独自路線で町のラーメン店の本格的な麺質をインスタントで再現したいという思いがありました」
1990年代、手軽さを売りにしたカップ麺は若い世代を中心に人気を集める一方で、「手抜き」や「からだに悪い」といったマイナスなイメージも世間には根強く存在していた。
そうした時代の中、ヤマダイ株式会社・大久保慶一代表取締役社長がこだわったのが“麺のおいしさ”だった。
「他社とは違った商品を作らなきゃいけない。そうした思いが強くなりました。先代は製麺業としてスタートし、麺のおいしさを知っていました。インスタントラーメンはいつでもどこでも誰でも手軽に食べられる素晴らしさがある。一方、町にはおいしいラーメン店がある。インスタントラーメンの良さ、ラーメン店の良さを生かしたものをインスタントラーメンで作ることができたら。そんな思いを『凄麺』の中に込めました」
そのために力を入れたのが、麺の加熱方法。
一般的なカップ麺の麺は、一度加熱して食べられる状態にした麺を乾燥することで作られている。
加熱方法は「蒸す」が一般的で、乾燥方法の違いで油で揚げる「フライ麺」と油で揚げない「ノンフライ麺」の2種類があり、主流はフライ麺だという。
つまり、麺をゆでる町の専門店のラーメンとは作り方が大きく異なる。
だが、「凄麺」の麺は違う。ラーメン店と同じように麺をたっぷりのお湯でゆで、油で揚げずに乾燥させている。それまでのカップ麺業界の常識を覆す製法を編み出した。
一見シンプルに見えるが、この手法を確立するには時間がかかったと開発担当者は振り返る。
「毎日朝仕込んで、夕方にそれを食べるのですが、一番苦労したのが“ほぐれ”。お湯で戻すときにほぐれない。ここの改良がなかなかうまくいかなかった」
そして粘り強く開発を続けること10年、大久保社長が目指した「ヤマダイの独自技術」が誕生した。
「そのときのことを今でも覚えています。社長に食べていただいて、『これいけるよ』と言ってくれました」(開発担当者)
こうして完成したのが「これが煮玉子らーめん」(現在は発売終了)。2001年10月29日に販売された「凄麺」ブランドの第1号だ。
ここから「凄麺」の歴史が始まっていく。さらに、全国各地のご当地麺の本格再現にこだわった「ご当地シリーズ」が「凄麺」の名を世間に知らしめる。
凄さ(2)ご当地を愛し、愛されて
「ご当地シリーズ」は、自宅にいながら手軽に本格的なご当地麺が楽しめるシリーズ。2002年の発売開始から今では商品ラインナップが30種類を超える、「凄麺」を代表する人気シリーズに。
また、「凄麺」はノンフライカップ麺全国売上4年連続No.1ブランド(インテージSRI+カップ麺ノンフライ市場2022年4月~2026年3月累計販売金額ベース(全国))を誇っている。
この開発に必要不可欠なのが市場調査だ。
2018年入社の開発担当者は「(調査に)行ったら1杯ではなく、2杯、3杯とまとめて食べに行きます。1店舗だとその店舗の味になってしまいますが、ご当地シリーズはその地域全体で愛される中心を狙っていきたいと考えている」と地元の味を知ることの大切さを語る。
ご当地シリーズはよくある有名店とのコラボ商品ではなく、地元で愛されるご当地の“まんなか”の味を地元の人たちと一緒に作り出す商品なのだ。
そのため調査項目は多岐にわたる。客層や具材・調理方法・麺の種類や製造法や卓上にあるトッピングなど本格的な再現に向けて徹底的に記録するという。
この地道な市場調査をもとに、開発担当者は麺・スープ・具材それぞれ複数パターンを試作・検討し味作りの作業を進める。
この「ご当地シリーズ」に込める思いは、大久保社長も強い。
「日本には地域、地域で多くの知らない食文化、食材があるので、ご当地麺を作るにあたって活用させていただく。その中で大事なのは“巡り合い”です。この“ご縁”を私はすごく感じます」
だからこそ、「ご当地シリーズ」はヤマダイ社員の力だけでは完成しない。
2004年に発売した、まろやかで芳醇(ほうじゅん)な味わいが特徴のロングヒット商品「仙台辛味噌󠄀ラーメン」。
この商品に使っているのは、伊達政宗公の時代から続く伝統あるみそ「仙台みそ」。関西の白みそに対して、赤みその代表格として知られている。
仙台味噌󠄀醤油株式会社の佐々木祐一郎社長は「仙台みその特徴である、まろやかな味わいと芳醇な香りが引き立っているスープです。麺と具材のバランスも非常に高いレベルでバランスのとれた一杯。地域に根ざした味だと思っています」と完成度をたたえた。
続けて、佐々木社長が「我々のみその特徴と、直近のリニューアルによって唐辛子の辛さをより引き出した一杯になっている」と話すように、「仙台辛味噌󠄀ラーメン」は2026年1月に12度目のリニューアルがされた。
このように、ご当地の魅力的な食材を生かしながら、リニューアルを繰り返し、商品を磨き続けていることも、ファンを魅了する一つの要素なのだろう。
凄さ(3)自治体との強力なタッグ
ただご当地との関係も、ヤマダイのオファーから始まるものにとどまらないという。
その一例が愛媛県八幡浜市だ。
2022年に発売された、じゃこ天がのる「愛媛八幡浜ちゃんぽん」。この「凄麺」化は、八幡浜市からの1本の問い合わせがきっかけだった。
大城一郎市長は約70年前から親しまれる「八幡浜のソウルフードを全国に発信したい」という思いが発端だったと熱く語った。
「八幡浜ちゃんぽんを全国区にするには、カップ麺を作って全国に売り出そう、ということで、職員自らヤマダイさんに電話をして、カップ麺としてできあがりました」
しかし、開発は順調ではなかった。
ソウルフードといっても店によって味は異なる。商品化するために誰もが納得する“まんなか”に近づけるために、ちゃんぽん提供店の人たちに試食をしてもらうなどしたという。
商品を作り上げる上で最後までこだわったのが、名物の「じゃこ天」。乾燥したじゃこ天はそもそも存在しておらず、カップ麺として商品にするためには経験のない挑戦だった。
開発担当者も当時の苦労をこう振り返る。
「じゃこ天の開発が一番ハードルの高いところでした。じゃこ天を乾燥させても、戻らなかったり崩れてしまったり、問題がいろいろ発生しました。そこで八幡浜にあるじゃこ天のメーカーと密にやりとりをして、今の形になんとか作り上げました」
こだわり抜いて作られたじゃこ天は、商品化締め切り当日に完成したそうだ。
こうして地元の人たちの協力を得て、地元に認められた味として「愛媛八幡浜ちゃんぽん」が誕生した。
現在は八幡浜市内の道の駅「八幡浜みなっと」にもコーナーが設けられ、ケースで購入する人も多いという。
大城市長は「『八幡浜ちゃんぽん』を送ったらおいしかったよ、と電話がかかってくる。八幡浜ならではのものが八幡浜を離れた人にその味が届いている」とご当地ラーメンが地元とのつながりをつなぎ続けてくれると語った。
凄さ(4)地元スーパーでこそ輝く
「ご当地シリーズ」の武器は、販売ルートにも影響を与えている。
茨城県にある地元スーパー「カスミ」には、特設棚に「凄麺」がズラリと並び、試食販売も行われていた。
U.S.M.Holdings株式会社 商品戦略本部 小塚小絵子さんは「特に売れているのが『茨城けんちんそば』。『茨城スタミナラーメン』も好評で、冷やして食べられるなど食べ方のアレンジもできます。『凄麺』の特徴は麺のおいしさだと思っていますが、開発者の思いが商品から伝わってくるので私たちも大切にしていきたい」と話す。
「ご当地商品」を地元に根付かせるための秘策として、ヤマダイは地元スーパーと昔からタッグを組んできた。この方法を商品一つ一つ、エリア一つ一つ展開していくことで、全国各地に「凄麺」を広げていった。
愛され続けて25年。「凄麺」に関わってきた人たちはこう語る。
「この25年、とことんおいしさを追求してきました。一品一品が個性を持ったデザイン」(誕生当初から関わる開発担当者)
「25年積み上げたものをこれからも守り続けていけるよう、頑張らなきゃという気持ちもあります」(開発担当者)
社員、全国各地のパートナー、お客さま…誰の情熱が欠けても、ここまで続くことはなかったヤマダイの「凄麺」。
25年目の節目には、これまで積み重ねてきたノウハウを詰め込んだ、大久保社長いわく「まねしたくてもできない、唯一無二で理想の工場」と話す、新拠点「坂東ファクトリー」(茨城県坂東市)が生まれた。
最後に大久保社長は、今後の展望についてこう語った。
「25年続けてきましたが、これからまた新たな段階に入ると思っています。大きな飛躍が今後期待できる。『これはすごい!』と思える商品はもっとできると思っていて、ノンフライ麺の技術もまだまだ上げることができる。チャレンジしていくテーマは無限にある。それを支えてくれるのはファンのみなさんです。我々の商品を食べてくださる方、我々の事業に関係するすべての方にファンになってもらうのが、我々にとって一番のことだと思っています」
「凄麺」の一杯の向こうには、たくさんの人たちがいる。その一つ一つの思いが新たな人を通してこれからも受け継がれていく。
■ヤマダイ株式会社
https://www.newtouch.co.jp/
■凄麺25周年特設サイト
https://www.newtouch.co.jp/25project/
■凄麺ファンクラブ「すごめんち」
https://sugomen-chi.com/
