4日の米中間選挙のテレビ中継特番を見ていた時のことである。その時、筆者は思わず手にしていたテレビのリモコンの音量を上げ、画面に引き込まれた。
共和党の牙城といわれてきたテキサス州の連邦上院選挙で、民主党候補のジェームズ・タラリコ氏(37)が歴史的な勝利を収め、その勝利演説を行っていた。ところが、タラリコ氏は政治の話から突然、自分の母親の話を始めたのだ。
父の暴力から逃れた母の物語
「私は子供のころ、母の中に闘う精神を見て育ちました。母はラレド出身の牧師の娘で、19歳で故郷を離れました。オースティンに移り住んだ母は、私の実の父と出会いました。父は当時21歳で、高校を中退しており、酒癖が悪く、ときには暴力を振るうこともありました。
ある夜、父は再び暴力を振るいました。しかし、その夜、母の愛はその暴力に立ち向かったのです。母は私たちの持ち物をすべて、小さなフォード・エスコートに詰め込みました。そして私を乗せ、自分が働いていたホテルへ向かいました。母は支配人に、新しい住まいが見つかるまでホテルの一室に泊めてほしいと必死に頼み込みました」
「やがて私たちは、東オースティンに小さなアパートを見つけました。そこには赤ん坊のための部屋などありませんでした。だから私は、母のクローゼットの中に置かれたベビーベッドで眠っていました。それでも母は、そのクローゼットをとても誇りに思っていました。写真やおもちゃで飾りつけたのです。誰が何と言おうと、そこは子供部屋なのだ。母はそう信じて疑いませんでした」
勝利宣言の演説としては異例の話だった。しかも、それが行われたのは、全米でも特に共和党の地盤が強いテキサス州の連邦上院選挙に勝利した直後だった。
DV、アルコール依存、貧困…米国社会が抱える問題
同州では1988年以来、民主党候補が連邦上院選挙で勝ったことはなかった。2024年の大統領選挙でもトランプ氏が14ポイントの差をつけて勝利していた。ところが今回、タラリコ氏はトランプ大統領が支持した共和党候補、ケン・パクストン州司法長官を約12ポイントの差で破った。2年前の大統領選挙と比べると、民主党側に26ポイントも得票差が動いたことになる。
その勝利を祝う演説で、なぜ母親の苦労話だったのか。タラリコ氏の家庭の問題は、決して特殊なものではなかったからだろう。家庭内暴力、アルコール依存、貧困、ひとり親による子育て。いずれも米国社会が長年抱えてきた問題であり、政治の対立とは無関係に、多くの家庭が直面している現実でもある。

タラリコ氏自身、政治家になる前はサンアントニオの貧しい地区で中学校の教師を務め、社会的に不利な立場に置かれた子供たちと向き合ってきた。
「私の生徒たちは単なる子供ではありませんでした。苦境を生き抜く者であり、夢を追う者であり、闘う者たちだったのです」
そう語るタラリコ氏にとって、母親の愛と生徒たちの闘う精神は、同じものだったのかもしれない。
「富と権力を握る上層」と「普通に働き暮らす人々」との対立
では、その「愛」とは何なのか。
タラリコ氏は長老派教会の牧師を目指して神学校で学んできた人物で、選挙運動でも聖書の言葉をたびたび引用した。
勝利演説の演台には「Love Thy Neighbor(汝の隣人を愛せよ)」という言葉が掲げられていた。そして、こう宣言した。
「私たちは、分断の政治が愛の政治には勝てないことを証明したのです」
ここでいう「愛」は、単なる優しさや寛容ではない。自分と意見の違う人を敵と決めつけず、弱い立場に置かれた人を見捨てず、不正な権力には立ち向かうという政治姿勢である。
タラリコ氏は選挙戦を通じて、政治的対立を民主党対共和党という従来の構図ではなく、富と権力を握る上層と、普通に働き暮らす人々との対立として描いた。そのため、支持者の中には初めて投票した人だけでなく、過去3回の大統領選挙でトランプ氏に投票した人々もいたという。
つまり、共和党支持者を敵に回すのではなく、彼らにも共通する生活の苦しさや不満に訴えたのだ。その政治姿勢は、母親が暴力に屈せず、幼い息子を守ろうとした「母の愛」と重なって見える。
“保守層にも語りかけることができる”という強み
では、タラリコ氏は連邦上院議員として何をしようとしているのか。
勝利演説では、国民皆保険制度の実現、公教育への投資拡大、富裕層の政治献金による影響力の削減、そして経済的な格差を生み出す制度の改革を掲げた。
「病気になったというだけで、誰も破産することがないようにしなければなりません」
さらに、海外での戦争を終わらせることも訴えた。
もちろん、こうした政策を実現することは容易ではない。連邦上院では党派間の対立が根強く、国民皆保険制度のような大規模な改革には多くの障害がある。

しかし、タラリコ氏には一つの政治的な強みがある。それは、リベラルな政策を掲げながら、保守的なキリスト教徒や共和党支持者にも語りかけることができる点だ。
ニューヨーク・タイムズ紙は、タラリコ氏を今回の中間選挙で登場した民主党の新たなスターの一人として紹介した。また、政治学者のマスケット氏は、多くの民主党候補が今後、タラリコ氏の選挙手法を参考にするだろうと指摘している。
「愛の政治」が試される2028年
では、2028年の大統領選挙はどうなるのだろうか。
タラリコ氏は2028年には39歳になる。大統領候補となる憲法上の年齢要件は満たしている。民主党が今回の中間選挙の結果を受けて新しい政治の方向を模索するならば、タラリコ氏の「愛の政治」は、その一つのモデルになる可能性がある。
ただ、上院議員としての実績はこれからであり、テキサス州での勝利がそのまま全国的な支持につながるとは限らない。
それでも、憎しみや恐怖、分断をあおる政治ではなく、相手を理解しようとする政治が選挙に勝てることを示したという点で、タラリコ氏の登場は注目に値する。

勝利演説の最後に、タラリコ氏はイエス・キリストが神殿で商人たちの台をひっくり返したという聖書の逸話を引き、こう呼びかけた。
「テキサスの皆さん、今こそテーブルをひっくり返す時です」
母親の愛を語った青年政治家が、今度はワシントンの既成政治をひっくり返そうとしている。2028年の米国政治に、その「愛」がどこまで通用するのか。見届けてみたい。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

