2023年に発表された「都道府県魅力度ランキング」で、最下位となった茨城県。しかし、あるヒット商品の誕生により、今、日本中の注目を集めている。それが、県内の旅館・ホテルの女将たちを紹介する「女将カード」。”持ってない”と言われた県の起死回生物語、”人”が観光資源という発想から全てが始まった。

茨城県は“名もなきピッチャー県”

そもそも「いばらき」なのか「いばらぎ」なのかさえ戸惑ってしまう県、茨城県のデスティネーションキャンペーン(DC)推進室長 菊池さんはこういう。

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茨城県デスティネーションキャンペーン(DC)推進室長 菊池さん:
北海道さんとか京都さんが大谷翔平だったら、我々はもう“名もないピッチャー”なわけですよ。

 「他の観光地に憧れてたら、超えられないよ!」と、スタッフにアイデアを披露する“名もなきピッチャー県”の観光推進室長から、なぜか出てきたアイデアは…。

再現VTRより
再現VTRより

 菊池:
よし、女将カードだ! いけるだろ!

部下ら:
 はぁ…? 

観光業界に「デスティネーションキャンペーン」なるとてつもないキャンペーンがある。

通称「DC」…それは、北は北海道から南は九州まで、全国のJR6社と自治体、地元の観光事業者等が共同で実施する国内最大級の観光キャンペーンのこと。

つまりは、地方にとって選ばれれば、一気に観光機運が盛り上がる一大チャンスだが、そんなチャンスにまったく絡むことのない県があった。

同僚フタッフに聞くも…。

菊池:
だいたいさあ、うちはDCのエントリーシート出してるの?

部下ら:
もちろん出してますよ! でも…(うつむく)。

菊池 :
そりゃ、選ばれないよなぁ〜。

聞けば、ずっと選ばれておらず、「21年ぶり」という。

 県庁職員、菊池克実。
この男が務める「県」こそが、2023年も都道府県魅力度ランキングで最下位に甘んじてしまった「茨城県」だ。

そんな茨城の県庁で「DC推進室長」なる肩書きを授かった菊池は、「ブランド力のある観光地と同じことやっててもダメなんだよ」とスタッフに話す。

菊池:
北海道さんとか京都さんが大谷翔平だったらだとしたらですよ。我々はもう名もないピッチャーなわけですよ。大谷翔平はいいですよ。とりあえずど真ん中、160キロ投げとけば。我々は、ボールゾーン使ったり、内角と外角 高め低め、球種、速度、全部使っていかなかったら強打者を打ち取れないわけですよね。

21年ぶりDC決定で”人が観光資源”の思い再燃

そう熱弁をふるった菊池は、自ら構想した“体験王国いばらき”、“想像超えいばらき”などのコンセプトでエントリーシートを書き上げると、本当に21年ぶりとなるDCをもぎ取った。

それにより県内は盛り上がり、思わず大井川茨城県知事もバンジージャンプをしてアピールしてしまうほど(県の観光キャンペーン推進協議会のHPより)。

大井川知事:
全国のみなさ〜ん、茨城県に来てくださ〜い!(飛ぶ)

周囲 :
おぉ〜っ!

だが、いざ決まって見ると、焦るばかりでどうにもインパクトのある企画が出てこない。

菊池:
責任というか。取ったからには、良いDCにしなくちゃいけないなっていうふうな重圧っていうんですかね。

そんな時、頭をよぎったのが…。

菊池:
大谷選手がWBCの決勝の試合前のロッカールームで「憧れるのをやめましょう。憧れたら超えられないんで」って言ったんだと思いましたけど。憧れちゃうと、どうしても追いつけない。(あの言葉は)私に言っているように聞こえましたけどね。

そう、いつまでも北海道や京都に憧れていてもしょうがない。そこで、菊池自らが出したアイデアが「女将カード」だった。

菊池: 
昔、プロ野球カードってあったよな。あの小さな ポテトチップスに付いてたやつ。あんな感じで「女将カード」をお菓子に付けられないかな…?

部下:
女将カード…?

ただの思いつきではない。実は、かつて、菊池がある過疎地の町おこしに携わっていた時のこと。

菊池:
朝から晩まで旅館を切り盛りして、お客さんの前では笑顔でっていうふうなことをやられている女将さんにいっぱい、お会いしたんですね。その旅先で、人とちゃんと会う、人と触れ合うっていうふうなことって、すごく観光の資源なんじゃないかなというふうなのは前々から思っていまして。

そんな、観光の最前線で働く「人」こそが茨城の、本当のウリなのではないか…?
だからこその「女将カード」。それを聞いた、部下の小林は。

小林 : 
最初は面食らった部分は正直あったんですけれども、まあ、でも考えてみると、自分が旅先に行って(カードを)見つけた時にですね。まず二度見するだろうなと。

女将の会・会長と直談判

 そこで、2人は早速「いばらき 女将の会」の会長に直談判に出た。

小林: 
茨城のDCに向けて、女将さんのトレーディングカードを作ろうと思うんです。

いばらき女将の会  萩谷旬子会長:
トレーディングカード?

萩谷会長 :
なんと「女将カード」っていうのをね、作りたいと。それで、私たちみんな女将さんだからそんな若くもないし、そんな私たちのカード欲しい人いますか?って言ったんですよ。

しかし、「まさに、その謙虚さ、奥ゆかしさ、私たちが売りたいのは、そこなんです!」と県庁勢は諦めない。

萩谷会長:
すごいなんか熱を持って語られていて。せっかくおっしゃっていただいて、じゃあ私たちもお手伝いしますってなったわけですが…。

ところが、この会長、さすがに百戦錬磨のやり手。「いいんですよ、フロントの女性だって!チェックインの時に、カードの中の人がいたらうれしいじゃないですか!」と本来は女将のいないホテルにまで声をかけたのだ。

萩谷会長 :
女将の会も、コロナでやはりホテルを閉館されたところとかもありまして、人数的にもかなり少なくなっていたんですね。それで女将さんのいないホテルになんとかフロントの女性で、女将の会の活動に協力していただけないかということで…。

というワケで、突然、上司から信じ難い指令を受けたのは、大洗ホテルのフロントを務める國武インナさん。

大洗ホテル 國武インナさん:
最初は当館の社長から女将になってくれないかって声を掛けられて。日本人ではないし日本語まだまだ全然未熟なんですけれども、でも頑張ってくれてるっておっしゃってくださって。

大洗ホテル 國武インナさん
大洗ホテル 國武インナさん

実は、彼女、7年前に来日した生粋のウクライナ人なのだが、茨城に感動し、思わず大洗ホテルに就職してしまった筋金入りの茨城ファン。

インナさん:
(ウクライナでは)あんまりそういった景色、なかなか眺めない景色なので、すごく感動をしまして。 茨城県はあんなに綺麗な場所なのに。いつも都道府県のランキングの1番下ですし、ちょっとそちらを変えてみたいなって私も思って。

そんな思いで、女将の仕事を引き受けることに。

一方、こうして、どんどん大事になっていったプロジェクトは「どうしても、茨城に本社のある御社のお菓子に付けたい」一心で、茨城から全国にポップコーンなどを売るジャパンフリトレーに協力を仰ぎ、27名が集まった撮影会も賑々しく行われた。

萩谷会長:
皆さん、どの女将さんも大喜びですよ。「こんなきれいに撮ってもらった写真もいただけるなんて」みたいな。それで、「遺影にしたい!」とかって、先輩の女将さんたちは「ぜひこの写真、遺影に使うわ」なんて。

カードの「キャッチフレーズ」「数値」は入念なリサーチから算出

さらに、乗ってきた小林はカードの中身を担当するクリエイターに自らの構想を発注する。

小林 :
思いっきり真面目な顔の女将さんに、必殺技みたいな“キャッチフレーズ”と、攻撃力のポイントを付けたいんです。

MINAMI :
なるほど。

引き受けたのは、「いまだ中二病」を自負する、地元出身のデザイナー MINAMIさん。

MINAMI:
そのカードの下段に入っている数値、ここの部分の計算をするのに、その皆さんの性格だったりっていうのを調べるのにアンケートを作成して、そこから計算して出しているっていう形ですね。

そのうえ、キャッチフレーズを考えるため、リサーチにも手を抜かず…。

 ホテル日航つくば 葉梨優子さん:
例えば、学生時代やっていたことですとか。

ホテル日航つくば 金子珠依さん:
食べることが好きなんですってことを、お話しさせていただいて。

その結果、彼女たちにつけられた「キャッチフレーズ」は…。

ホテル日航つくば 葉梨優子さんと金子珠依さんの「女将カード」
ホテル日航つくば 葉梨優子さんと金子珠依さんの「女将カード」

もと、チアリーディング部の葉梨(はなし)さんには「溌剌(はつらつ)たる鼓舞(こぶ)…スマイリングチアリーダー」。コミュ力、女子力ともに高めの19690ポイント。

 一方、金子さんは、体力とサポート力を武器に18260ポイントの「温和(おとな)しい美食(びしょく)乙女(おとめ)…カインドネスグルメガール」。

 中には、一人だけ2万ポイントを超えてしまった女将も。

MINAMI:
としまや(月浜の湯)の渡辺女将は、大恋愛の末にご結婚されたっていう情報を頂いてたんで。どうせだったら点数もその恋愛に関した数字にしようっていうことでちょっと私世代ではないんですけど…(この数字は)ポケベルの番号ですね。

1人だけ2万ポイントを超えてしまった、としまや(月浜の湯)渡辺十九夜さんの「女将カード」
1人だけ2万ポイントを超えてしまった、としまや(月浜の湯)渡辺十九夜さんの「女将カード」

 恋愛力の数字はポケベル世代には懐かい「アイ・シ・テ・ル」。

コレクターの心もくすぐる“想像超え”の出来栄え

こうして、10月はじめ、ついに、発売された女将カード付きポップコーンは 飛ぶように売れた。

東京駅でのキャンペーンでも、お目当ての女将カードを求める人が続出!

女性客 :
あっ和華ちゃん(五浦観光ホテル 村田和華子さん)ゲットだぜ。

そして、やはりコンプリートを目指す人も。

茨城県在住の会社員:
全部でこんな感じ。88枚ありますね。コレクターのツボをよく押えているっていう。スーパーレアがあることによってとりあえずそれ当たるまでは買っていうのがやっぱりコレクターとしては血が騒ぎます。

このウケ方に、はじめは「誰が買うの?」と言っていた会長も。

萩谷会長:
反響はもう、本当、茨城のDCのキャッチコピーじゃないですけど“想像超え”ですよ、本当に。まあ毎日のように「ポップコーンありますか?」っていうお客様がいらっしゃるわけですね。

ホテルサンシティ勝田 女将 萩谷旬子さん 
ホテルサンシティ勝田 女将 萩谷旬子さん 

そう語る会長のカードは、「艶麗(えんれい)なる女帝(じょてい)…ジェントレストクイーン」 堂々の19780ポイント。

ただし、ひとつだけ気に食わないことがあるという。

萩谷会長の2人の娘さんの「女将カード」。ホテルサンシティ勝田 若女将の萩谷紗莉依さん(左)と萩谷有素さん(右)
萩谷会長の2人の娘さんの「女将カード」。ホテルサンシティ勝田 若女将の萩谷紗莉依さん(左)と萩谷有素さん(右)

萩谷会長:
メルカリに出てる値段が、娘の方が高いんですよ。それ、私不満ですけどね。まあ仕方ないよね。若い子の方が。

結局、4万2720袋作った「女将カード付きポップコーン」は発売開始から2カ月をまたずして、ほとんど完売。

家族時間に寄り添える県でありたい

大谷翔平にはなれない、“無名のピッチャー茨城”に久々の勝ち星を、もたらそうとしている。

 言い出しっぺの菊池は言う。

菊池:
北海道さんとか京都さんが、有名百貨店であれば、茨城は、いつもなんかそばにあるコンビニエンスストアみたいな。ちょっと息抜きたいとか、楽しみたい、家族で何か時間過ごしたいといった時に、ちゃんとそこに寄り添えるようなサービスっていうか。

いつも、あなたのそばにいる。そんな、肩肘張らないもてなしがきっと、茨城の未来を創ってゆく。
(「Mr.サンデー」11月26日放送より)

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