1966年に静岡県で起きた「袴田事件」をめぐり、10月27日から裁判をやり直す再審公判が始まった。事件発生から57年。そして死刑確定から43年。静岡地裁は果たしてどのような判決を下すのか。

26席の傍聴券求め行列 注目度高く

10月27日。静岡市葵区の官公庁街の外れにある静岡地方裁判所は朝から喧騒に包まれた。

報道各社の腕章を巻いた記者に法律関係者、さらに多数の支援者。わずか26枚の傍聴券を求めて280人が列をなした。

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だが、この裁判の注目度の高さを考えたら当然のことかもしれない。

事件発生から半世紀超 再審開始決定

「袴田事件」

公民の授業やニュースで、この言葉を耳にしたことがある人も多いのではないだろうか。

1966年6月、静岡県清水市(現在の静岡市清水区)で味噌製造会社の専務宅が全焼し、焼け跡から多数の刺し傷が残る4人の遺体が見つかったほか、現金や小切手が盗まれた事件をめぐり、約2カ月後に味噌工場の従業員であり、元プロボクサーの袴田巖さんが逮捕され、後に死刑判決が確定した事件だ。

死刑判決を受けた袴田巖さん
死刑判決を受けた袴田巖さん

ただ、捜査内容に疑問を感じた袴田さんの姉・ひで子さんや弁護団は二度の再審請求の末、2023年3月に裁判のやり直しを勝ち取った。この時、すでに事件発生から約57年。日本の司法制度において、死刑判決が確定した事件で再審が認められたのはこれで5例目となる。

いつもと変わらない様子で裁判所へ

午前9時前。静岡地裁に向け自宅を出たひで子さん。だが、そこに袴田さんの姿はない。

長きにわたって拘置所での生活を余儀なくされたことで精神が不安定な状態になり、意思疎通が難しいため出廷を免除されたからだ。本人が存命中の再審公判で出廷が免除されるのは日本の刑事司法史上初めてと言われている。

ひで子さんは「やっと始まる。57年闘って、やっと再審開始。裁判(への出廷)は初めてだけど別にびくともしゃくともしていない」と笑顔を見せた。袴田さんには「きょうは静岡へ行ってくるでね」と伝えたという。

姉としての思いが詰まった罪状認否

午前11時に開廷すると、まず検察官から住居侵入、強盗殺人ならびに放火に関する起訴内容が読み上げられた。

そして、袴田さんに代わって補佐人であるひで子さんに対して裁判長が起訴内容を認めるかどうか尋ねると、時折声を震わせながら「1966年11月15日、静岡地裁の初公判で弟の巖は無実を主張しました。57年間、紆余曲折、艱難辛苦(かんなんしんく)ありましたが、本日再び弟に代わって無実を主張します。長く裁判にわたり、裁判所、弁護士、検察官には大変お世話になりました。どうぞ、弟に真の自由をお与えくださいますようお願い申し上げます」と口にした。

検察は3つの根拠から犯人性を主張

続く冒頭陳述。検察側は袴田さんが犯人であるとする根拠を3つ挙げた。

1つ目が「犯人が味噌工場関係者であることが強く推認される上、証拠から推認される犯人の事件当時の行動を、被告人が取ることが可能であったこと」。

2つ目が「味噌工場の醸造タンクから発見された5点の衣類が、被告人が犯行時に着用し、事件後に同タンクに隠匿したものであること」。

3つ目が「被告人が犯人であることを裏付けるその他の事情が存在すること」で、袴田さんには事件直後、鋭利なもので切ったと認められる傷が左手中指にあり、4人を刺した際に負った傷であると考えられることや、袴田さんが事件直後に来ていたパジャマから他人の血液型の人血や混合油が検出されていて犯行後にパジャマに着替えた時などに付着したと考えれることなどを理由として列挙した。

検察側
検察側

そして、「被告人の犯人性を推認させる程度には強弱があるが、被告人が犯人でなければ、これらの事情が全て事件と関係なく生じたと考えるのは不自然であり、検察官は全体として被告人の犯人性を裏付けていることを主張・立証する」と結んだ。

弁護団は検察側の“姿勢”を非難

これに対し弁護団は、まず「この再審公判は、形式的には被告人は袴田さんであるが、ここで本当に裁かれるべきは、警察であり、検察であり、さらに弁護人及び裁判官であり、ひいてはこの信じがたいほどひどいえん罪を生み出した我が国の司法制度も裁かなければならない」と説いた。

弁護団側
弁護団側

それゆえに「検察官はもう一度事件全体を虚心で振り返るべき。そうすれば袴田さんの有罪立証など不可能であるし、そんなことをすべきでないことは十分理解されるはず」と指摘した上で「有罪立証を直ちに放棄し、速やかに無実の袴田さんを無罪にし、本当の意味での自由な生活に戻させることに力を尽くすべき。これが公益の代表者とされている検察官の職責であるはず」と訴えた。

57年間追い求めてきた答えの行方は

初公判を終え、ひで子さんは記者会見の場で改めて罪状認否で述べた文面を読み上げ、「いろいろ考えて細かいことを言おうと思ったが、考えてみたら長々言ってもしょうがないと思ってこれだけにした」と明かした。

一方で「裁判はこんなもんというか、のんべんだらりんとやっているので57年かかったのかなと思った。もっと、さっさとやってくれるといいんですけど、なかなかそうもいかないようで。きょう検事さんの言うこと(主張・立証)を聞いていて、これじゃあ57年もかかるわけだと思った」と笑顔を見せながら強烈な皮肉も…。

姉弟で57年間追い求めてきた真の答え。それが見届けられるまで闘いは終わらない。

(テレビ静岡)

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