1966年に静岡県で起きた“袴田事件”をめぐり、10月27日から裁判をやり直す再審公判が始まる。事件発生から57年。これまでの経緯から犯行着衣とされた衣服に残る血痕の色味が争点になるとみられている。
味噌に漬かった衣服の血痕は…
1966年6月、静岡県清水市(現在の静岡市清水区)にある味噌製造会社の専務宅で起きた強盗殺人・放火事件。世に言う“袴田事件”だ。
逮捕・起訴された味噌製造会社の従業員で元プロボクサーの袴田巖さんは1980年11月に死刑が確定したものの、裁判のやり直しを求める再審請求が認められ、10月27日に初公判が開かれる。
この記事の画像(8枚)再審における最大の争点とみられているのが「色」だ。具体的には犯行着衣とされた、いわゆる“5点の衣類”に付着した血痕の色変化である。
この“5点の衣類”は事件から1年2カ月後に“突如”として見つかった。それも、警察が徹底的に捜索したはずの現場付近にある味噌樽の中からだ。
弁護団は“黒” 検察側は“赤”
再審請求に関わる審理の中で、弁護団は支援者と一緒に行った独自の実験結果から「長期間、味噌に漬けた衣類の血痕は“黒く”なる」と主張。さらに法医学の専門家に鑑定を依頼したところ、一般的な味噌と同じ塩分濃度と酸の強さに設定した液体を血液に加えると「数日、長くても数週間程度で血液は赤みを失い、茶色から黒っぽい色に変色する」ことが証明できたとした。
血液中に存在するタンパク質で赤い色素を持つヘモグロビンは弱酸性と塩分濃度10%の環境下に置かれることで、分解され黒く変色するという。
これに対し検察側も“5点の衣類”が発見されるまでに要した1年2カ月と同期間をかけて血液の付着した布を味噌に漬ける実験を行い、その結果「赤みが残る可能性はある」と真逆の見解を示した。
“5点の衣類”はねつ造されたのか
こうした中、東京高裁は2023年3月に示した判断の中で「赤みは消失すると推測される」と指摘した上で「犯行着衣であることに合理的な疑いが生じる。無罪を言い渡すべき明らかな新証拠」として、裁判のやり直しを決めた。
さらに“5点の衣類”については「第三者が味噌漬けにした可能性がある。捜査機関による可能性が極めて高い」とまで踏み込んだ。
実は裁判所が“ねつ造”の可能性に言及するのは、これが初めてではない。
2014年3月に静岡地裁が出した決定文の中でも「袴田のものでも犯行着衣でもなく、後日ねつ造されたものであったとの疑いを生じさせる」とされている。
あくまで有罪求める検察 だが…
それでも検察側はあくまでも主張を崩すことなく、再審公判で改めて袴田さんの有罪を求める方針を示しているが、弁護側は色彩に関する専門家に分析を依頼した結果「赤いように見えるのは味噌の色」と反論している。
そもそも“5点の衣類”は死刑判決の核をなした証拠である一方、当初から疑念が絶えなかった。
というのも、ズボンには血痕が少量しか付いていなかったのに対して、その下に履くはずのステテコには大量の血痕が付着。さらに袴田さん本人による装着実験では、サイズが合わずズボンを履くことが出来なかったし、弁護団が依頼したDNA鑑定では付着した血痕が被害者の血液とも袴田さんの血液とも一致しなかった。
それゆえに検察側が“メンツ”と“プライド”のために抗っているのではないかという批判的な声は少なくない。
刑事司法史上初 異例の出廷免除
今回の再審公判をめぐっては、静岡地裁の國井恒志 裁判長が「心神喪失の状態にある」として袴田さんの出廷を強制しない、言い換えれば出廷を免除する方針を弁護団・検察の双方に伝えている。本人が存命中の再審公判で出廷が免除されるのは日本の刑事司法史上初めてのことだ。
一方で、当初は2023年度中に結審するとみられていたが、証拠の取り調べに時間を要するため年度内に審理が終わらない見通しとなった。
30歳で逮捕された袴田さんもすでに87歳。失われた時間はあまりにも長い。
(テレビ静岡)