10月24日、中国の国会にあたる全国人民代表大会の常務委員会は、2カ月近く動静が途絶えていた李尚福国防相の解任を決めた。

李国防相は、2023年8月末に北京で開かれた「中国アフリカ平和安全フォーラム」の出席を最後に表舞台から姿を消していたが、これまでにイギリスのフィナンシャルタイムズは、複数のアメリカ政府高官の話として、アメリカ政府が「李国防相が中国当局の調査対象となり、国防相としての任務を剥奪されたと結論づけた」と報じていた。

そのような中で、10月24日の夜に放送された中国国営テレビで「李国防相の解任」は報じられた。

李尚福国防相の解任を報じた中国国営テレビ(10月24日)
李尚福国防相の解任を報じた中国国営テレビ(10月24日)
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「防衛」と「外交」が解任される異例な事態

また、7月に外相を務めていた秦剛氏も解任されていて、「防衛」と「外交」という国家の安全保障を支える重要閣僚が共に就任してから1年もたたないうちに解任されるという異例の事態となった。

2023年7月に外相を解任された秦剛氏(2023年3月)
2023年7月に外相を解任された秦剛氏(2023年3月)

李氏も秦氏も解任の正式な理由は公表されていないが、事実上の更迭とみられている。

中国の政治経済や安全保障政策を専門とする京都先端科学大学の土屋貴裕准教授は「李氏が所属していたロケット軍は、研究開発や装備調達にかかる予算が潤沢で汚職の温床となり得る土壌があった」と指摘する。
その一方で「中国では政府の要職よりも共産党の要職の方が上位にあり、今回の解任がすぐに大きな影響を与えることはない」と分析する。

京都先端科学大学 土屋貴裕准教授
京都先端科学大学 土屋貴裕准教授

「中国のロケット軍は汚職となり得る土壌がある」

── 解任された李国防相が所属していたロケット軍とは?

ロケット軍(元第二砲兵)は習近平の肝いりの軍種の1つで、今回解任された国防部長の李尚福氏のみならず、魏鳳和(元国防部長)氏や張又俠(現中央軍事委員会副主席)氏らが重用されてきた。
ロケット軍は、台湾への武力行使の中核を担う軍種であるだけでなく、グアムキラーのDF26、空母キラーのDF21Dなど、アメリカに対する接近阻止・領域拒否の戦略上も重要な役割を果たす軍種であり、研究開発や装備調達にかかる予算も潤沢だったとみられる。
しかし、それゆえに汚職の温床となり得る土壌があり、ミサイルが所定の性能を満たしていないことを契機に、部品納入の不正から今回の汚職が発覚したといわれている。

張又俠 氏(現・中央軍事委員会副主席)
張又俠 氏(現・中央軍事委員会副主席)

2023年7月26日には、2017年10月以降の装備調達に対する入札審査活動の調査に関する公告が出されており、装備調達をめぐるさまざまな問題が指摘されている。
その後、7月28日付の香港英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストは「ロケット軍の李玉超司令員、劉広斌副司令員、張振中副司令員が装備調達をめぐる汚職で、中央軍事委員会紀律検査委員会の調査員に連行された」と報じている。
そして、7月31日の中国国営テレビが、司令官に海軍出身の王厚斌(元海軍副司令員)、政治委員に空軍出身の徐西盛(元南部戦区空軍政治委員)がそれぞれ就任したことを報じるなど、他軍種からの人事異動が明らかにされた。
また、正式に発表はされていないものの、これに関連してロケット軍幹部だけでなく、軍工企業の幹部も複数名処分されているといわれている。

李氏は、2017年9月に張又俠氏の後任として中央軍事委員会装備発展部部長に任命されており、その就任以降の期間が対象となっていることから、こうした装備調達をめぐる汚職の責任を理由に解任されたとみられる。

── 2人の重要閣僚が解任され、習政権に与える影響は?

2人の国務委員を同時に解任するというのは確かに異常である。
しかし、外交部長、国防部長や国務委員のポストは、日本を含む諸外国では大臣クラスで、通常であれば失脚は大きな影響があるが、中国では政府の要職よりも共産党の要職の方が上位にあり、党内の序列は205人いる中央委員で決して高くはない。
このことから、今回の2人の解任が政権運営にすぐに影響を与えることはない。
一方で、不倫や汚職などを把握できなかったか、把握していながら2人を引き上げてしまったことに問題があるとすれば、中央組織部や規律検査委員会の責任でもあり、逆に共産党、政府、軍内のさらなる綱紀粛正につながることも考えられる。

軍事施設を視察する習近平国家主席 (2022年11月)
軍事施設を視察する習近平国家主席 (2022年11月)

中国政治の“不透明さ”が浮き彫りに

習政権は1期目の発足当初から、汚職や腐敗を取り締まる「反腐敗闘争」と多くの人事交代や組織改編を伴う改革の深化を進めてきた。その結果、異例の3期目は自らが引き上げた側近で固められた「習氏一強」となっているが、「習主席はたとえ自らが引き上げた側近でも容赦なく取り締まる」(日中外交筋の関係者)という分析もある。
とはいえ、「防衛」と「外交」という諸外国に対して「対外的な顔」の立場であった2人が解任の理由も明らかにされず突然解任されることは、あらためて中国政治の不透明さを浮き彫りにした。

全国人民代表大会で演説をする習近平国家主席 (2023年3月)
全国人民代表大会で演説をする習近平国家主席 (2023年3月)

習主席は、2022年の党大会で最高指導者として3期目続投を決め、2023年3月の全国人民代表大会で新たな政府を発足させた。しかし、就任から1年もたたずに自らが引き上げた重要閣僚が相次いで解任されるという事実は、習主席が側近を簡単に切るという冷徹さを物語っている。

中国では10月29日から「香山フォーラム」(安全保障に関する多国間会議)が北京で開催される。
中国国営テレビは、90以上の国と国際組織が代表団を派遣する方針と報じ、またアメリカ国防総省も代表団を派遣するともいわれる中、国防相不在の中国がどう対応するのか。中国側の対応が注目される。

(執筆、インタビュー取材: FNN北京支局 河村忠徳)

河村忠徳
河村忠徳

「現場に誠実に」「仕事は楽しく」が信条。
FNN北京支局特派員。これまでに警視庁や埼玉県警、宮内庁と主に社会部担当の記者を経験。
また報道番組や情報制作局でディレクター業務も担当し、日本全国だけでなくアジア地域でも取材を行う。