イスラエルと、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織「ハマス」との間の“戦い”が続いている。
ハマスがロケット弾攻撃を行い、イスラエルが、いわゆる航空攻撃(空爆)を行って犠牲者が続出。

戦いが始まって2週間余りの10月22日現在で、死者数は双方合わせて5700人を超えた。
この死者数は阪神淡路大震災(1995年)の死者数6432人に迫るような勢いで増えている。
10月19日、イスラエルのガラント国防相は、パレスチナ自治区ガザ地区から、ほど近いところに駐屯している部隊に「今は遠くからガザを見ているが、間もなく内側から目にする。命令があるだろう」と述べた。(米国営放送VOA 10/19付)

つまり、地上戦は近いと示唆したのだ。
一方、ハマスは20日、ハマスが捕えた約200人とも言われる捕虜のうち、米国籍の母娘2人を、カタールの仲介で解放した。

「人道的な理由」とハマスはしているが、さらなる人質解放交渉の時間を持つことによって、イスラエルが地上戦に突入するのを牽制したとの見方もある。

今回の攻撃の応酬は、10月7日、ハマスによる2000発とも3000発とも言われるロケット弾攻撃から始まり、その後もロケット弾攻撃が続き、一方、イスラエルはFー16 戦闘機などによる、いわゆる空爆(航空攻撃)を繰り返している。


そもそも、ハマスはどうやって大量のロケット弾を調達できたのか。
ハマスの"水道管ロケット弾"VSアイアンドーム
一般に誘導機能のない、従って、構造が簡単なロケット弾は、ミサイルと異なり大量生産が容易に見えるが、諜報機関が発達したイスラエルに感づかれないように大量に生産するのはむずかしかったのではないか。
こうした中、イスラエル軍が興味深い動画をX(旧ツイッター)で公開した。
この映像は、ハマス自身が撮影したものがベースとなっており、ハマスが掘り出しているのは、海外の援助で敷設された水道管だ。

Have you ever wondered what happens to humanitarian aid in Gaza? pic.twitter.com/yi8PUAyAfT
— Israel Defense Forces (@IDF) October 17, 2023
これを輪切りにして、筒として形を整えたら、肥料の成分と砂糖を混ぜてロケット燃料を作り、これと爆薬を詰めて、水道管をロケット弾に生まれ変わらせ、攻撃に使用しているとイスラエル軍は主張しているのだ。

イスラエルは、迎撃の有効性が「75~95%」と推定される(militarytoday.com)高性能のアイアンドーム迎撃システムを配備している。
アイアンドームで使用するタミル迎撃ミサイルは、射程4〜17kmと短いものの、高度20メートルと弾着直前のロケット弾も迎撃可能だ。

発射機1基あたり最大20発装填可能で、イスラエル国内には、この発射機が40基近く配備されていると言われる。(Military Balance2022−23)

従って、計算上アイアンドームが同時発射、連射出来るのは800発以下ということになる。
そこに前述のように、例え水道管から作られたものにせよ2000発とも、3000発とも言われるロケット弾が撃ち込まれては、防ぎ切れるものではなかっただろう。
タミル迎撃ミサイルが一発5万ドルするのに対し、ハマスのロケット弾の費用は100分の1との分析もある。(英ニュース分析サイト UnHerd 10月18日付)
ハマスが、このようなロケット弾をどれくらい保有しているか不明だが、構造が簡単で、従って、生産が容易なロケット弾の生産ノウハウを持っていることはイスラエルにとっては無視できないことだからこそ、動画も公開したのだろう。
イスラエルが、いつ本格的な地上戦に突入するかは不明だが、前述のように、10月19日の時点で、イスラエルのガラント国防相は、それが近いことを示唆している。

本格的な地上戦となると、ハマスに捕らわれたままとされる約200人とも言われる人質の奪還も含めた作戦になる可能性も否定できない。
そうだとすれば、その作戦は人質の居場所を探り当て、救出し、19日現在、ガザ周辺に集結している装甲の分厚いナメル重装甲兵員輸送車やナグマホン歩兵戦闘車、アチザリット装甲兵員輸送車、それにM113装甲兵員輸送車で現場から救出することを目指すのではないだろうか。
これらの車両を攻撃から防護するのが、防御性能に優れ、機動力も高いイスラエル独自のメルカバ戦車ということになるだろう。
しかし…
ハマスに強いられるメルカバ戦車の変貌

注目されるのは、イスラエル軍のメルカバ戦車の最新鋭バージョン、メルカバMk.4Mが何らかの攻撃を受けて炎上している映像がSNS上で出回っていたことだ。

この映像のメルカバMk.4Mは主砲の砲口カバーが付いたままとなっており、予想外の攻撃を受けたことを伺わせている。
メルカバMk.4M戦車やナメル重装甲兵員輸送車は、敵の対装甲ロケット弾や対戦車ミサイルの接近を砲塔上の4方向にセットされたレーダーで探知、追尾。
素早く、自動的に砲塔上にセットされた多数の弾を放ち、撃墜するという「トロフィー」アクティブ防護システムを搭載している。

では、なぜこのメルカバMk.4M戦車は、炎上させられたのか。
確たる理由は不明だが、ハマス側がSNSに公開した映像には興味深いものがあった。
この映像では、おそらく、ドローンらしき飛翔体から小型の爆弾を投下。
その爆弾がメルカバ戦車の車体上で爆発したかのような様子を映し出していた。

この映像に映っているメルカバ戦車と、前述の炎上させられたメルカバMk.4M戦車とが同一かどうかは不明だが、炎上させられたメルカバMk.4M戦車も、ドローンからの小型爆弾投下による攻撃を受けた可能性は現時点では否定できないないだろう。
戦車をドローンから投下した小型爆弾で葬る。
これはウクライナの戦いで、ウクライナ軍がロシア軍戦車に対して行った戦術でもあり、 これに対抗して、ロシア軍は戦車の砲塔や車体に投下された小型爆弾が、直接触れて爆発しないよう、金属でできた傘のようなモノを取り付けた。
これは日傘装甲、または鳥かご装甲と呼ばれる。

メルカバMk.4M戦車のトロフィー防護システムを構成するレーダーのアンテナは、やや、上に傾いているので、上方を警戒できないわけではないだろうが、上方からの攻撃に対する防御は現在開発中とされていることから(EDRマガジン 2023/9/22付)、メルカバMk.4Mに搭載された現状のトロフィー防護システムは、上方からの攻撃には完全な対応が出来ないのかもしれない。

急遽、鳥かご装甲を砲塔上に取り付けたメルカバMk.4M戦車が出現したのは、イスラエル軍が真上から投下される爆発物を警戒してのものだろうか。

映像を見る限り、10月19日現在、鳥かご装甲を付けたイスラエル軍の戦車や装甲車の数はまだ少ない。
車両の上からの攻撃となると、ドローンだけでなく、建物の上などからの爆発物投てきの可能性も警戒しなければならないだろう。
イスラエル軍が、ガザでの本格的な地上戦でどんな戦術を使うのか、何両の“鳥かご装甲付き”メルカバMk.4M戦車やナメル重装甲兵員輸送車が必要となるのか知る由もないが、その数が多ければ改装工事だけでも一定の時間が必要ということになるのではないか。
こうした中で「米国と欧州の政府は(イスラム組織ハマスによって捕らえられている人質解放に向けカタールを通じた協議の時間を稼ぐため)イスラエルに対し、パレスチナ自治区ガザへの地上侵攻を遅らせるよう圧力をかけている」と報じられ(ブルームバーグ10/21付)、「イスラエルは当初、地上侵攻の先延ばしに抵抗したものの、米国の圧力に押されて侵攻をとどまることに同意した」という。
イスラエルもまた時間を必要としているのかもしれない。
ガザの問題は関係するエリアに拡大
しかし、イスラエルとパレスチナの衝突は、ガザだけでなく、ヨルダン川西岸地区にも拡大している。(ロイター10/19付)
さらに、米海軍のイージス駆逐艦「カーニー」が、10月9日、イエメン付近で、巡航ミサイル4発とドローン15機を撃墜したが、米政府は、これらの巡航ミサイルやドローンはイランを後ろ盾とするイエメンの反政府組織、フーシ派が発射したとみており、「イスラエル国内の目標に向かっていた可能性」との見方も示していたという(CNN10/21付)。


歴史の流れの中で複雑化したガザを取り巻く問題は、現在、さらなる犠牲者と地域を拡大しながら、予断を許さぬ情勢となっている。
日本政府は自衛隊機や民間機でイスラエルからの邦人脱出に動いたが、岸田首相は10月17日ガザ地区に残る邦人のエジプトへの退避についてエジプトのシシ大統領に協力を要請した。
日本もまた複雑な中東情勢に無関係ではいられない状況になっている。
【執筆:フジテレビ上席解説委員 能勢伸之】

