高齢者の利用が多い「1000円カット」

104裁の柴田芳子さん
104裁の柴田芳子さん
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「(髪の毛が)伸びちゃって気持ち悪かったけど、清々しました」
東京都調布市にある介護老人保健施設「グリーンガーデン青樹」。

ここに入所している柴田芳子さんは、大正3年生まれの104歳だ。車いすの入所者が美容院や理髪店に行くのは、付き添いがいても難しい。だから柴田さんは1か月に1回、施設でヘアカットをしてもらうのを楽しみにしている。
「200歳まで生きてとみんなが言うけどね、お断りです(笑)。だけどね、みんなと一緒に何でもやるのは楽しい」

施設で最高齢の柴田さんだが、「話し出したら止まらない」(ご家族)というほどお元気だ。
 

訪問サービスのサロンカー
訪問サービスのサロンカー

『非日常』のヘアカットを身近なものに

ヘアカットを担当するのは、「10分1000円カット」でおなじみのヘアカット専門店「QBハウス」の職員だ。QBハウスと言えば、都心では「駅ナカ」にあり、利用者はビジネスマンが中心だが、郊外の店舗では、実は高齢者の利用が多いと言う。

QBハウスを運営する「キュービーネットホールディングス」の北野泰男社長は、訪問サービスを始めたきっかけについて、郊外の店舗の店長から聞いた意外な話からだったと語る。
「地方に行くと乗降客が5千人程度の駅でも繁盛店があります。その店舗の店長に理由を聞いてみると、駅を使ってない高齢者の方々が朝から行列を作るというんですね。高齢者にとって月に1~2回ヘアカットをするのは『非日常』で、ヘアカットをするとみんな明るくなって帰っていくと言うのです」

しかもQBハウスの利用料は1回1000円で、月に2回行っても2000円だ。QBハウスの価格設定だと気軽に行きやすいことも、高齢者の人気の理由となっている。
 

 
 

一方でその店長は、高齢者が顧客であるが故の悩みも打ち明けたという。

「高齢者のお客様の中には、脚が不自由になったり、施設に入ったりすると来られなくなるケースが多いそうです。施設に入った方は、地域の理髪店のボランティアがカットすることもありますが、店長から『QBハウスとしてもサービスを届けられないか』と言われました」

こうしたことがあり、介護施設とのネットワークが強い企業がQBハウスに資本参加したのを機に、施設への訪問サービスを始めたのが2006年ごろ。東日本大震災の際にも被災者にヘアカットのサービスを行い、その後ヘアカット用のサロンカーも購入した。

「無表情」から「笑顔」へ

「グリーンガーデン青樹」でQBハウスの訪問サービスが始まったのが7年前。
高橋健治事務長は当時のことをこう振り返る。

「当時から利用者の知り合いなど個人的なつながりで業者さんが来ていましたが、ベッドサイドや浴室でヘアカットをしていたんですね。でもQBハウスさんは、ヘアカット用のサロンカーだったのでこれは面白いなと」利用者の反応も上々だと言う。「みなさん、楽しみにされていますね。高齢者の方は理美容室に、お出かけの感覚で行くのですが、施設に入ると少し制限が出るじゃないですか。でもサロンカーだと、ちょっとお出かけしてさっぱりするという感覚があるようです」

大石博美さん(左)真野みさをさん(中)笹木光輝さん(右)
大石博美さん(左)真野みさをさん(中)笹木光輝さん(右)

取材当日の利用者は20人。それをQBハウスの職員4人で次々とカットしていく。施設の部屋からサロンカーまでの利用者の移動を、介助するのも職員の皆さんだ。職員の真野みさをさんは、訪問ヘアカットを始めて3年だ。

「自分が思っていたより大変な仕事で、はじめは戸惑いが多かったです。たとえば施設からここまで車いすを押してくる間も気遣うことが多くあります。また、寝たきりの人にはベッドでカットすることもありますが、身体が弱っているので、どう体勢をとるのか考えてカットしています」

同僚の大石博美さんは始めて2年だが、この仕事のやりがいをこう語る。
「サロンにいる時から年配の方と接するのが好きだったので、訪問サービスに興味があってQBに応募しました。通常のコミュニケーションが取れない方は、髪型一つにしてもどういう髪型にしたらいいのか大変ですが、最初無表情だけどカットをするとにこりと笑って、手を振って挨拶して。そういうときに喜びを感じます」

コミュニケーションの取れない利用者には、筆談をしたり、施設の職員や家族の要望を聞いてカットするそうだ。そして、この中では唯一の男性の笹木光輝さんは、責任者として6年半の経験を持つ。
「これからこういう仕事は益々必要になるのだろうなと思います。実際問い合わせも増えていますし。お客さんと距離が近いですし、感謝していただいて喜んでもらえるのがいいところだなと」

 

国民の3人に1人が65歳以上になる2025年

 
 

日本は2025年に団塊の世代が後期高齢者となる。国民の3人に1人が65歳以上の、世界に例を見ない超高齢社会が出現するのだ。この国で高齢者が幸せな生活を送るためのインフラ整備は、まさに待ったなしの状況だ。しかし、介護や医療の現場では人手不足が叫ばれている。

さらに、国の法律や規制が、こうしたインフラ作りを阻んでいる実態がある。
あらためて北野泰男社長に、超高齢社会を見据えた課題と展望を伺った。

理容師と美容師は同じ場所で仕事ができない

キュービッネットホールディングス 北野泰男社長
キュービッネットホールディングス 北野泰男社長

「訪問理美容を通して、いまQBハウスでカットしているお客さんが、いずれ自宅でカットしてほしいとなったときに、どういうニーズと課題を抱えるのか考えました。いま見えてきた課題は2つあり、そのうちの1つは法規制の問題です」

 ーー法律が課題ですか?

「たとえば法律上、ヘアカット用のサロンカーであっても、理容師と美容師が同じ車内で仕事をやるのはだめなんです。今回法律の改正があり、理容師と美容師の両方の資格を持っている人は重複届けが可能だと。でもそんな人はQBに2000人理美容師がいても、20人いるかどうかです。そもそも理容師と美容師の資格は、習っていることがほぼ一緒で、40科目あったら3分の2は概ね共通している科目なんですね。完全に資格を分ける必要はないと思うんです。また、寝たきりの人たちに病院のベッドでカットするのは、届け出が要りません。しかしヘアカット用のサロンカーでの訪問サービスは、法律上店舗と同じ位置づけとなり、自治体ごとに資格登録の届け出をしなければいけない。法律が社会のニーズの変化に追い付いていないのです」

 ーー今年から訪問サービスの規制が緩和されたと聞いていますが?

「認知症、障がいや寝たきりの状態にある要介護の人などが、在宅でヘアカットのサービスが受けられるようになります。しかし、障がいの重さなど具体的な定義がないので、認められるかどうかは保健所の裁量になってしまいます。訪問資格免許を発行するとかしないと、個人の判断に委ねられるので、サービスを受ける側にとっても不安感が高まるのではないかと心配しています。海外ではウーバーのように、美容師さんがフリーランスでやることも、法律で規制していません。QBハウスでは在宅訪問はまだやっていないのですが、今後社会のニーズは益々高まってくるでしょうね」

 ーーもう1つの課題は何ですか?

「もう1つはビジネスとして成り立つかどうかです。施設の訪問サービスは、店舗でのサービスよりも効率性が落ちますので、サービス料は1000円ではできません。ビジネスとして成り立つために、価値に見合った価格が頂けないと、雇用の持続性が担保できません。たとえば美容師の資格だけでなく介護資格も持っている人だったらこれくらいになりますよと適正な価格設定ができれば、この世界に入ってくる理容師や美容師が増えると思うんですね。お客さんのほうにも、まだボランティアか、安ければいいという感覚があります。でもボランティアでやっているうちは、持続的にサービスのクオリティは上げ、安定してサービスを提供できる体制をつくりあげることは難しいです。誰かが犠牲になっているサービスは長続きしないので、しっかりビジネスとして成り立たせるという視点が重要になると思います。それを成りたたせて、成熟社会の中で理容師さんや美容師さんの社会的価値を高める場としたいと思います」

噴飯ものの法律が壁となる

海外事業も展開するQBハウスでは、シンガポールで社会貢献活動として、「Hair for
Hope」という小児がんの子どもを励ますイベントの公式スポンサーとして参加している。
賛同者がイベント会場などで髪の毛を丸坊主にし、子どもたちに「丸坊主は恥ずかしくないんだよ」と励ますものだ。また、切った髪の毛は、カツラとしてもつかわれるという。

しかしこのイベントは日本では法規制の壁があって、開催出来ない。
理容師法によって、衛生上の観点からイベント会場で髪の毛を切ることが禁じられているのだ。
しかしこの法律が制定されたのは、昭和22年。

戦後まもなく人々は週に1回しか髪の毛を洗えず、毛じらみが蔓延していた頃の法律なのだ。

また理・美容師法は、男性の髪の毛を切る資格が理容師、女性を美しくする資格が美容師と定めている。LGBTを認め共生を目指すいまの日本社会において、現実に即さない噴飯ものの法律である。

この法律に従えば、男性は美容院に行ってはいけない。しかし去年4月、安倍首相が美容室に行っていることが新聞の「首相動静」に出たとたん、厚労省が翌月「男性も美容院に行ってもいい」という通達を出したという。
時代に合わない法律を変え、事なかれ主義の官僚支配を打破することが、この国に求められていることを示す実例である。

(取材+写真:フジテレビ 鈴木款 解説委員)

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。