パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスが、10月7日にイスラエルで数千発のロケット弾を発射して以降、これまでのイスラエルとの衝突で、双方の犠牲者数は4000人を超えている。イスラエルもガザ地区への空爆をエスカレートさせ、サウジアラビアがイスラエルとの国交正常化交渉を中断するなど、アラブ諸国からの反発も広がっている。 

イスラエルとハマスの衝突で双方の犠牲者は4000人を超える
イスラエルとハマスの衝突で双方の犠牲者は4000人を超える
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またハマスは、無差別に民間人を人質として拉致してガザ地区に連行し、イスラエルの対応次第で、外国人を含む人質を殺害していくと警告するなど(すでに一部の人質は殺害されたといわれる)、その行動や主張は以前の「イスラム国」を見ているかのようだ。ハマスの「イスラム国」化やアルカイダ化は考えにくいが、一般的に双方は、イスラム“過激派”と呼ばれる一方、ハマスはイスラム“原理主義組織”と呼ばれる。しかし、ハマス側の今回の行動は、そこに境界線が見えないかのような行動に筆者には映る。無論、無実なパレスチナ人の命と安全を奪う権利はイスラエルにはない。イスラエル軍にも過剰な軍事行動は断じて慎んでもらいたい。 

“ブランド”として機能するアルカイダと「イスラム国」

一方、国際的なテロ情勢の視点からは、すでに起きてはならない現象が生じている。ブランドとして機能してしまう、アルカイダと「イスラム国」だ。 

フランス北部の高校をロシア国籍のチェチェン系の男が刃物で襲撃
フランス北部の高校をロシア国籍のチェチェン系の男が刃物で襲撃

フランス北部アラスにある高校で13日、刃物を持った男が高校を襲撃し、教師1人が死亡、3人が負傷した。目撃者によると、男はアラビアで神は偉大なりを意味する「アラーアクバル」と叫び、地元警察は、男がロシア国籍のチェチェン系と断定し、テロ事件として捜査を開始したことを明らかにした。この事件を受け、フランスの内相は、今回のイスラエル情勢が関連しているとし、政府は国内の対テロ警戒水準を最高レベルに引き上げた。 

ベルギー・ブリュッセルでもイスラム国が戦闘員と主張する男が発砲
ベルギー・ブリュッセルでもイスラム国が戦闘員と主張する男が発砲

また、ベルギーのブリュッセルでは16日夜、オレンジの上着に白いヘルメットを身につけた男が発砲し、タクシーに乗っていた2人のスウェーデン人が死亡した。男はネット上に、「イスラム国」から刺激を受けた「イスラム国」のメンバーだとする動画を投稿しており、その後、「イスラム国」は系列メディアアマーク通信で犯行声明を出し、この男は「イスラム国」の戦闘員だと主張した。
男はチュニジア出身の不法滞在者とされるが、その後、ベルギーでもテロ警戒水準が最高レベルに引き上げられ、同時刻で行われていたベルギーVSスウェーデンのサッカーの試合が前半で中止となった。 

フランスやベルギーでの事件を受け、ほかのヨーロッパ諸国でも警戒が強まっている。たとえば、英情報局保安部(MI5)のマッカラム長官は18日までに、イギリス内でも同様のテロが発生しうるレベルに高まっており、過激思想に感化しやすい者たちは他国で起こった事件に触発されやすく、国内での監視を強化していると懸念を示した。 

依然人々の脳裏に残る「アルカイダ」の名前

このようなイスラム過激思想に感化した個人による単独的テロは、当然だが、フランスやベルギー、イギリスだけでなく、アメリカやドイツなど、他の欧米諸国にもつきまとい、アルカイダや「イスラム国」に共鳴する者による単独的テロは各国で発生してきた。しかし近年は、このようなタイプのテロ事件は欧米諸国でも減少傾向にあり、大きなテロ事件も報告されていない。 

にもかかわらず、10月に入って激化するイスラエル・パレスチナ情勢に歩調を合わせる形で、こういったケースがすぐに明らかになってくることからは、依然として、アルカイダや「イスラム国」といったイスラム過激派が、組織として以上にブランドとして機能していることがうかがえる。
イスラム過激思想に感化した個人による単独的テロの多くは、実行犯と組織に実際は具体的な接点がなく、刺激を受け触発された結果、発生した事件である。要は、過激思想を拡散させるアルカイダや「イスラム国」といったテロ組織のブランドが、個人に一種の正当性を与え、テロという暴力に対するハードルを下げているのである。 

日本の外務省も注意喚起(外務省ウェブサイト)
日本の外務省も注意喚起(外務省ウェブサイト)

また、日本の外務省は14日、イスラエルとハマスの戦闘を受け、アルカイダが13日に世界各地のイスラム教徒に対し、イスラム諸国のユダヤ人、アメリカ軍基地、空港および大使館に対して攻撃を行うよう呼びかける声明を発出したとして、邦人に対し、そういった場所に近づかない、長居しないよう注意喚起を発した。

これについても、アメリカの情報機関は9月、アフガニスタンのアルカイダが以前のような規模に再生することはないだろうとする新たな見方を示し、国連の分析でも、アルカイダのメンバーは400人余りといわれ、すでに組織としての実態は大きな脅威とは言えない。

しかし、今回アルカイダが攻撃を呼びかけるメッセージを出したことに、日本を含め諸外国はすぐに注意喚起を発したが、これも、組織(力)としてのアルカイダ以上に、ブランド(力)としてのアルカイダを意識しての行動と考えられる。もっと言えば、「アルカイダ」という名前が依然として、人々の脳裏に残り、社会に浸透していることを示すものだろう。 

今日のイスラエル情勢において、今後ポイントとなるのはイランであるが、この問題がすぐに終息する兆しは見えない。仮に今後、中東全体に影響を与えるような事態に発展すれば、アルカイダや「イスラム国」のテロ組織としてのブランドを利用した単独的なテロ事件がさらに発生、発覚する可能性が高いだろう。 
【執筆: 和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415