中東で再び高まっている軍事的緊張。テロ情勢の視点から懸念されるリスクは、親イランの武装勢力の動向である。
各国に在住する在留邦人が注意するべきことは。

ハマスがイスラエル攻撃…イスラエル軍は地上軍投入も示唆

国際情勢の焦点がウクライナ戦争や台湾情勢に集まる中、今後は中東で再び軍事的緊張が高まっている。

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パレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスが10月7日早朝、イスラエルにむけて数千発のロケット弾を発射し、ハマスの戦闘員らがイスラエル領内に侵入。境界付近で開催されていた野外コンサート会場などを襲撃した。
コンサート会場では無差別に銃が乱射されるなどし、一般市民260人あまりが死亡したという。
また、イスラエル軍高官や民間人130人以上が人質として拘束され、ガザ地区へ連行されたが、人質には米国人や英国人、フランス人やブラジル人、タイ人、ベトナム人など多くの外国人が含まれているとされる。
ハマスは、イスラエルが拘束しているパレスチナ人数千人以上の解放を人質の交換条件として要求する一方、ガザ地区へ攻撃した場合、報復として人質を殺害すると警告している。

イスラエルによる空爆で煙が上がるパレスチナ自治区ガザ( EPA=時事)
イスラエルによる空爆で煙が上がるパレスチナ自治区ガザ( EPA=時事)

軍事力で圧倒的に優勢なイスラエル軍は、報復としてガザ地区に向けてロケット弾を発射し、800カ所以上を空爆した。ネタニヤフ首相も、ハマスによる人質殺害警告について、イスラエル軍がハマスを徹底的に攻撃すると警告し、地上軍の投入も示唆した。
これを受け、イスラエルはガザ地区の包囲網を徹底し、パレスチナへの電気、食料、水、燃料の供給を停止した。
これまでのところ、双方の犠牲者は少なくとも2,100人となり、今後さらに数が増えることが懸念される。

人質連行や殺害警告はイスラム国やアルカイダのよう

イスラエル・パレスチナ紛争の歴史、今回ハマスが奇襲攻撃を仕掛けた背景などについては、既に多くのメディアで報じられているので、ここではテロ情勢という別の視点からこの問題を観ていきたい。
双方の衝突は長年のもので、最近までも断続的に衝突や小競り合いが発生してきたが、ここまでの規模は極めて異例だ。

国際テロ組織アルカイダのザワヒリ容疑者(左)とビンラディン容疑者(AFP=時事)
国際テロ組織アルカイダのザワヒリ容疑者(左)とビンラディン容疑者(AFP=時事)

これまでハマスはアルカイダとの関係を否定してきたが、人質を獲って自らの支配領域に連行し、自らの要求が通らなければ外国人含め人質を殺害すると警告するのは、以前のイスラム国やアルカイダを観ているかのようだ。

死亡したイスラム国指導者バグダディ容疑者とみられる画像
死亡したイスラム国指導者バグダディ容疑者とみられる画像

2014年から2015年あたり、イスラム国はイラクとシリアに跨がる広大な領域(英国領土に匹敵する)を実効支配したが、今日のガザ地区はそれに似ている。

今回の事態が極めて大規模なことで、パレスチナ側を支持するイスラム過激派らはすでにネット上で様々なメッセージを発信している。

ソマリアのイスラム過激派アルシャバーブ(ソマリア・ガディシオ近郊)(AFP=時事)
ソマリアのイスラム過激派アルシャバーブ(ソマリア・ガディシオ近郊)(AFP=時事)

ソマリアを拠点とし、アルカイダに忠誠を誓うイスラム過激派アルシャバーブは、「今回のハマスによるイスラエルへの闘争は、ソマリア人から偉大なものとして歓迎される正当なジハードだ」とするメッセージを配信。
イエメンを拠点とするアラビア半島のアルカイダ(AQAP)、インド亜大陸のアルカイダ(AQIS)、同じくアルカイダへ忠誠を誓い、シリアを拠点とするフッラース・アル・ディーン(Hurras al-Deen)なども同様に、ハマスやパレスチナ戦闘員の行動を讃えるメッセージを発信している。
だが、これらのアルカイダ系組織がこれに便乗し、また士気を高めることで活動地域を越え、国際的なテロ活動に舵を切る可能性は低い。あくまで世界中のイスラム教徒に呼び掛ける程度に留まるだろう。

より現実的に懸念されるリスク…親イラン武装勢力の動向は

テロ情勢の視点からより現実的に懸念されるリスクは、親イランの武装勢力の動向だ。
ハマスへ長年支援を続けるイランとイスラエルは犬猿の仲で、仮にイスラエルがガザ地区へ地上部隊を投入し、事態がさらにエスカレートすることになれば、同じくイスラエル領内へ攻撃を続けるレバノンのヒズボラをはじめ、イラクのカタイブ・ヒズボラ(Kataib Hizballah)やカタイブ・サイード・アル・シュハダ(Kataib Sayyid al-Shuhada)、イエメンのフーシ派、バーレーンのアル・アシュタル旅団(Al Ashtar brigades)など、イランが背後で支援する武装組織の反イスラエル闘争がエスカレートする可能性がある。
特に、ヒズボラの反応が懸念されるだけでなく、イスラエルの隣国シリアにも親イランの武装勢力が存在するので、ガザ地区での戦闘がレバノンやシリアを巻き込む形でエスカレートする恐れもあろう。

さらに、世界各地にイスラエル権益やユダヤ権益が存在するが、諸外国のイスラエル大使館やユダヤ教のシナゴークなどを狙ったテロ事件が発生する可能性が現実的に考えられる。既に、各国の治安当局も警戒を強めているだろう。
今日までにイスラエルに在住する邦人の被害は報告されていないとのことだが、各国に在住する在留邦人は、近くにあるイスラエル権益やユダヤ教権益に近づかないなど、飛び火するテロのリスクに十分注意するべきだろう。
【執筆:和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415