日本の民間団体「言論NPO」と中国の「中国国際伝播集団」は8月から9月にかけて、日本と中国で世論調査を行った(日本・サンプル:1000、中国・サンプル:1506)。

福島第一原発の処理水放出が日中関係に暗い影を落とす中「ほぼ唯一といっていい中国世論」(日中関係筋)から、これまでの報道では見えにくかった中国人の本音が見えてきた。

処理水問題が「日中関係の障害」はわずか5.8%

まず、処理水に対する両国民の認識の差が如実に示された。

中国人は処理水問題を「日中の障害」とは考えていないようだ(言論NPO資料より)
中国人は処理水問題を「日中の障害」とは考えていないようだ(言論NPO資料より)
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「日中関係の発展を妨げるもの」という質問に対し、日本では、「処理水放出問題」と答えた人が36.7%で、「領土を巡る問題」(同43.6%)に次ぐ2位。

一方の中国で「処理水放出問題」と答えた人は5.8%。「領土を巡る問題」(同39.5%)、「経済摩擦」(同28.6%)などに続く13位だった。

中国人は日本人に比べて処理水問題を深刻だと受け止めていないことがわかる。

”迷惑電話”は若者を中心に広がった(中国SNSより)
”迷惑電話”は若者を中心に広がった(中国SNSより)

処理水放出を受けた中国から日本への迷惑電話は、自分のSNSの閲覧数を増やす目的だったり、ネットの情報を見て面白半分にかけた中国人がかなりいた。

中国の建国記念日にあたる国慶節に多くの中国人観光客が日本に来たこと、日本ビザの申請数が微減にとどまっていることなどを勘案しても、反日感情が盛り上がったというのは一面的な見方だろう。

(言論NPO資料より)
(言論NPO資料より)

言論NPOの工藤泰志代表は「逆にこの騒動は日本の国民の反中感情だけを悪化させた」と指摘している。

迷惑電話については「母数が(人口の)14億では割合としては少なくても、数としては多くなる。特に地方の中国人の民度の低さに驚いた」(外交筋)という見方も聞かれた。

割れる中国人の感情

日本人の対中感情は「悪い」と答えた人は92.2%で、前年の87.3%からさらに増えた。中国人の対日感情は「悪い」と答えた人は62.9%で、前年の62.6%からほぼ横ばい。

処理水の問題があっても、中国人の対日感情は悪化していない、とも読み取れる。

日本人の中国に帯する「悪印象」はほぼ9割を維持している(言論NPO資料より)
日本人の中国に帯する「悪印象」はほぼ9割を維持している(言論NPO資料より)

注目すべきは今後の日中関係について、日本人で「良くなる」と答えたのが4.2%なのに対し、中国人で「良くなる」と答えた人は31.6%にのぼっている点だ。

中国政府が日本の対応を批判し続ける中、何が正しい情報かを選別し、日本の良さを理解し、日本を訪れる中国人の姿が浮かぶ。

日本に好印象を抱いている中国人は少なくない。10年前に中国にいた頃と比べると、良識のある中国人は飛躍的に増えた印象がある。

中国外務省は処理水放出への批判を繰り返している(10月11日の記者会見)
中国外務省は処理水放出への批判を繰り返している(10月11日の記者会見)

一方で今後の日中関係が「悪くなる」と答えた中国人も40.1%だった。両国の今後を楽観する人、悲観する人が二分されている状況だ。悲観しているのは一部に根強くある反日感情に加えて、中国政府の偏った情報を信じている人たち、両国の動きを冷静に見ている人たち、といったところか。

ただ、そこには中国国内の不満を海外に向けさせるための中国政府による“意図的な誘導”が時に介在する。日中関係は中国の国内事情にも左右される、微妙なバランスの上に成り立っている。

処理水の問題を巡っては、中国人に冷静な対応を呼びかけた中国紙・環球時報の社説がネット上で通常よりも長く掲載され、閲覧されたという。

中国政府はある時期を境に対日批判を抑える方向に舵を切ったとみられる。

一言では語れない中国人

すでに広く知られているが、中国には様々な格差がある。貧富の格差、情報の格差、それによる民度の格差などだ。お金の有無は情報の量と質にも影響し、正確な情報がなければそれに見合った適正な判断も行動も出来ない。

10月の国慶節、観光地は中国人で賑わった(写真は万里の長城)
10月の国慶節、観光地は中国人で賑わった(写真は万里の長城)

さらに複雑なのは「金持ちの民度が高いわけでもなく、貧乏人の民度が低いわけでもない」(北京学術関係者)という点だ。様々な格差が複雑に重なっているため「中国人が何を考え、何を感じているか」にも格差があり、一言では説明しきれないのだ。今後の日中関係が楽観論と悲観論に二分されているのはそういった背景があるからではないだろうか。

処理水の問題で感じたことは、日本は政府がきちんと情報を公開し、説明する制度があるということで、それを多くの人が理解できる国民の知的レベルの高さである。その点で中国政府の発表は恣意的で偏り、また国民も正確に理解できる人たちが多いとは言えない。国家としてはまだ途上国だと感じる。

日本と中国の違い

日本人と中国人の思いが違うように、両国のシステムも決定的に違う。日本は国民が政府を選び、メディアは権力をチェックし、政治は選挙によって定期的に評価される。一方の中国は国民が政治に関与することはなく、政府もその正当性を証明する手段を持たない。激しい格差がある14億の人々を治めるため、中央に権力を集中させ、時に強い力を使って国の安定を維持する。

「日本と中国は違う」ということはこれまでに何度も感じてきたが、「では互いにどうすればいいのか」という答えは簡単には見つからない。ただ「違う」という現実があり続けるのだろう。(FNN北京支局長 山崎文博)

山崎文博
山崎文博

FNN北京支局長 1993年フジテレビジョン入社。95年から報道局社会部司法クラブ・運輸省クラブ、97年から政治部官邸クラブ・平河クラブを経て、2008年から北京支局。2013年帰国して政治部外務省クラブ、政治部デスクを担当。2021年1月より二度目の北京支局。入社から28年、記者一筋。小学3年時からラグビーを始め、今もラグビーをこよなく愛し、ラグビー談義になるとしばしば我を忘れることも。