赤ちゃんの顔を見て「かわいい」と思うことは多くあるだろう。では、なぜ「かわいい」と思ったのだろうか。
そんな答えられそうで答えられない疑問の手がかりとなりそうな研究結果を、四天王寺大学の藏口佳奈講師と大阪大学の入戸野宏教授の研究グループが発表。赤ちゃんの顔は、上下逆さまに見ても同じように「かわいい」と感じることを明らかにした。
「かわいい」と感じるパーツの特徴
上下逆さまでもかわいいと感じるというのは、赤ちゃんの顔の「かわいさ」は目鼻などのパーツ配置のバランスよりも目の大きさや輪郭の丸みなど、個々のパーツの特徴によって感じられることを示唆しているという。
研究グループによれば、これまで成人の顔を上下逆さに見ると顔の印象を判断しにくくなるという「顔倒立効果」という現象が知られてきた。このことから、人が顔を知覚するときには個々のパーツの形よりも、パーツ間の位置関係が重要である証拠とされてきたそうだ。
ところが今回の研究結果により、赤ちゃんの顔の「かわいさ」の知覚には、「顔倒立効果」が当てはまらないことが判明。同時にこの結果は、「丸みを帯びた顔の輪郭」や「広い額」「大きな目」などに対して、「かわいい」と感じる傾向があるとする「ベビースキーマ説」を支持するものとなったという。

実験は20~71歳の日本人男女299人を対象にしたオンラインアンケートで実施。
参加者は、コンピューターで合成した6カ月児の赤ちゃんの顔を見て、「かわいさ」を7段階で評価する課題と「よりかわいい」と感じる顔を選択する課題に回答した。

課題は正立画像と顔を逆さまにした倒立画像の2パターン。すると、「かわいさ」を評価する課題では正立・倒立ともに変わらない結果となり、「よりかわいい」画像を選ぶ課題では正立・倒立ともに偶然とは言えない確率で正しく判断できたという。
赤ちゃんの顔のかわいさは「上下逆さまになってもわかる」という研究結果は、どのような分野に役立つのだろうか。また大人の「かわいさ」については、この結果は当てはまらないのだろうか。
四天王寺大学の講師・藏口佳奈さんに聞いてみた。
キャラなどをかわいくするヒントに
――なぜ、このような研究を行ったの?
私の研究テーマは顔の魅力や印象の知覚・認知で、その中心的なものとしてかわいさに取り組んでいます。そもそも「魅力的な人とはどんな人なのか」に興味を持っているのですが、魅力的な人の特徴は多岐にわたっており、この多様性を表現するために多くの形容語(かわいい、美しい、かっこいい等)があるのではないかと考えています。
つまり、日常的に感じる対人魅力の一つとして、「かわいさとは何か」を心理学実験を通して検証しています。とくに海外の研究では、「かわいさ」は赤ちゃんの魅力として扱われていますので、今回の研究では赤ちゃんの顔を用いました。
――今回の結果はどのような分野で役立てられそう?
赤ちゃん顔のかわいさは、ベビースキーマ特徴に強く依存していることが分かりました。つまり、かわいさの評価は、配置のバランスよりも比較的単純な物理的特徴に基づいています。このことは、ロボット、玩具、キャラクターのデザインやイラストなどにおいて、パーツを組み合わせるだけでかわいさを高められることを示しており、実用的・商用的な場面でも役立つ可能性があります。
「ベビースキーマ特徴」が多いほどかわいい
――赤ちゃんを「かわいい」と思うのはなぜ?どんなものに対して人は「かわいい」と思うの?
丸みを帯びた顔の輪郭や広い額、大きな目といったもの(ベビースキーマ特徴)に対して、私たちはかわいいと感じる傾向があります。このような現象は、いまから80年ほど前に動物行動学者のコンラート・ローレンツにより提案されました(ベビースキーマ説)。

赤ちゃんの顔をイメージしてもらえるとよく分かりますが、顔は全体に丸く、おでこが相対的に広く、目も相対的に大きいと言えます。つまり、ベビースキーマ特徴をたくさん持っているためにかわいいと思えるのです。
ベビースキーマ特徴を持つものに対してはかわいいと感じやすいのですが、これは人の顔に限りません。キャラクターや動物の顔にも当てはまります。
――今回の実験で引き合いに出された「顔倒立効果」の具体的な例は?
顔倒立効果とは、顔画像を上下さかさまに提示すると顔の認識が難しくなる現象を指します。
この顔倒立効果を実感できるものとして、サッチャー錯視が有名です。サッチャー錯視は、目や口の部分のみを上下さかさまに加工した顔画像を使います。この加工を施した顔は、顔全体の上下が正しく提示されている場合には非常にグロテスクな顔に見えるのですが、これを上下さかさまに提示すると、そのグロテスクさが消失・軽減します。
このように、人間の顔認識メカニズムは、上下が正しく提示されているときに効率的な処理ができるように特化していると考えられます。
つまり、顔特徴の配置情報が顔認識において重要であり、この情報は顔を倒立提示すると利用しにくくなると考えられています。

――「顔倒立効果」は、パーツの配置のバランスが「かわいさ」にも関係することを示唆していた?
成人顔の魅力評価(attractiveness)における顔倒立効果が先行研究で検証されているのですが、そこでは魅力の評定値が顔を上下さかさまに提示すると変化してしまうことが示されました。
つまり成人顔の魅力では、顔パーツの個々の特徴よりも、配置バランスの影響を受けやすいことが示唆されます。しかし今回の我々の研究成果では、かわいさ評定値における顔倒立効果は見られず、配置バランスよりもベビースキーマ特徴による影響を受けていることが示されました。
大人の顔の魅力は「かわいさ」だけではない
――「『かわいさ』を知覚するにはパーツの配置バランスよりも、パーツの特徴が重要」ということは、大人にも言える?
はい、大人の「かわいさ」にもパーツの特徴が重要だと考えることができます。先行研究では、成人顔でもベビースキーマ特徴が顕著であるとよりかわいいと認識されやすいことが示されています。
――つまり成人の顔の魅力の評価は、パーツによって決まる「かわいさ」よりも、パーツの配置バランスが重要だということ?
そもそも魅力をどのように定義するかの問題になってしまうのですが、成人顔の魅力はかわいさだけでなく、美しさなど他の評価軸も含んでいるのだと思います。
つまり、パーツの特徴もパーツの配置バランスもどちらも影響すると言えますが、多くの研究では成人の魅力は「美しさ」と言い換えられます。そのため成人顔の魅力は、ベビースキーマ特徴に基づくかわいさよりも、左右対称性などの影響を受けることが想定されます。
――ちなみに「かわいさ」の感じ方と「美しさ」の感じ方とは違うの?
成人顔を用いた研究では、かわいさと美しさの評定値は強い相関関係にあることが知られていますが、その評価に至るプロセスには違いがある可能性があります。例えば、目の端で見える部分を周辺視野と呼びますが、この周辺視野で美しさは評価可能である一方、かわいさでは難しいことが示されています。
そこで、赤ちゃん顔の倒立効果を検証するにあたって、美しさを判断する群も設定し、赤ちゃん顔におけるかわいさと美しさの認識の差異を検証してみました。
今回の研究成果では、美しさもかわいさと同様に、顔を上下さかさまに提示しても評定値における顔倒立効果は見られませんでした。つまり、赤ちゃん顔の美しさはかわいさの評価とよく似た基準で判断されていることが示されました。
――研究の今後の展開は?
今回の研究テーマである「かわいさ」については今後も継続して研究していく予定です。また、赤ちゃんだけでなく成人顔も含めて、顔の知覚メカニズムに関する研究も継続します

赤ちゃんの顔を「かわいい」と感じる理由は、個々のパーツに特徴がある可能性があった。そしてこの研究結果は、キャラづくりやロボットのデザインなどだけでなく、メイクや画像加工など、普段の生活にも生かすことができそうだ。