体の衰えや子どもが自立して子育てが終わりを迎えたり、60代にはさまざまな変化が訪れる。
こうした体や環境の変化にネガティブな気持ちになりがちだが、精神科医・和田秀樹さんは「人生を一番アクティブに楽しめる年代」だと語る。
どうすれば60代以降の人生を、気をつけながら楽しく過ごせていけるのか、そのコツを解説した著書『60歳からはやりたい放題[実践編]』(扶桑社新書)から、一部抜粋、再編集して紹介する。
老いと向き合い、付き合っていくか
60代以降、人生を思い切り楽しむためのコツは「週に一回は気持ちがワクワクする大好物を食べよう」。
30年以上にわたって老年精神医学に携わり、医師として数多くの高齢者を診察してきましたが、いくつになっても幸せそうに生きている人もいる一方で、「生きることがつらい」と嘆く人もいました。
両者を分ける違いは何か。
さまざまな患者さんと触れ合った末に思うのは、60歳以降を幸せに生きられるかどうかは「老いとどのように向き合い、付き合っていくか」だと思うのです。
そして、老いと向き合う中で、最も重要な要素は「食」です。

年を取ると食が細くなり、食べることをおざなりにする人も少なくありません。
ですが、食べ物をおろそかにすると、その後の人生の質(Quality Of Life:QOL)が大きく低下してしまいます。
60代くらいになると臓器が少しずつ衰え、若い頃よりも栄養をうまく吸収できなくなります。結果、若い頃と同じ食事量でも、栄養不足になりがちです。
栄養が足りなければ筋肉や骨の衰えが進み、疲れやすくなるので、外出にも困難を感じるようになります。歩くのがおぼつかなくなれば、ちょっとした転倒やけがで寝たきりになってしまう可能性もあります。
脳への栄養が十分行き渡らなくなるので、頭の働きが悪くなり、記憶力や判断力、意欲が低下。同世代よりも早い段階で、認知症や老人性うつ病などを引き起こす可能性も秘めています。
食をおろそかにすると、心身ともに悪いことばかり起こるのです。
週に一回は本心から食べたいものを食べる
こうした大前提の中で、お願いしたいのが、最低でも「週に一回は本心から食べたいものを食べる」ということ。
普段は健康に気遣った食生活を送っている人でも、週に一回は大好物のラーメンを食べてみる、週に一回はおいしいスイーツをおやつに食べるなどの機会をつくって、自分の心をワクワクさせてほしいのです。
食事は、栄養補給という側面もありますが、精神的に与える影響も大きいのです。
「健康に良いから」「消化に良いから」などという理由だけで食事をしても、心はどこか満たされません。
食べることは人間の根源的な欲求の一つで、脳にも大きな刺激を与えます。食べ物を我慢することは、脳を老化に導く要因にもなり得ます。そのため、食べたいもの、おいしいものを思い切り食べることが、
60代以降は若い時以上に大切なのです。
おいしいものを食べてワクワクすること
脳の老化以外にも、食を我慢することによって、「免疫機能の低下」が引き起こされてしまうこともあります。
日本人の死因は、1位ががん、2位が心疾患と言われます。一生のうちに、がんだと宣告される確率は、男性が65.5%で、女性は51.2%です。
つまり、日本人の2人に1人以上は、人生で一度はがんだと宣告される時代なのです。
がんは老化現象の一部なので、長く生きていけば誰かしらどこかが、がん化することは避けられません。ただ、免疫機能を高めることで、それを遅らせることができます。
だからこそ、私たちが注意するべきは「いかに免疫機能を落とさずにキープして、がんを予防するか」です。
免疫機能を高めるために重要なのが、ストレスをためないこと。

健康診断の数字を気にして、食べたいものを我慢していると、そのストレスが脳へと伝わり、免疫力が低下します。
逆に、おいしいものを食べると、脳が活性化し、幸福感が高まり、免疫機能を高める効果があります。
つまり、おいしいものを食べることは、がんをはじめとした病気の予防につながるのです。
私自身、多くの高齢者の患者さんを診察する中、自分の食べたいものを食べてイキイキと人生を楽しんでいる人のほうが、結果的には長生きする現実をたくさん目の当たりにしてきました。
実際、健康を気にし過ぎて、高カロリーなものを控え、味の薄いものばかり食べていると、食事にワクワクできません。すると、脳にとって、食事が「楽しい行為」だと思えなくなってしまいます。
60歳以降は、とにかく「脳を喜ばせること」が大切なので、おいしいものを食べて楽しむほうが理に適かなっています。
いま、「食べたい」とあなたの頭に浮かんだものを食べることは、脳へ良い刺激になります。ぜひ、好物を最低でも週一回は食べて、脳を喜ばせる時間をつくってあげてください。

和田秀樹
東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー医学校国際フェローを経て、現在、立命館大学生命科学部特任教授。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。ベストセラー『80歳の壁』(幻冬舎)、『70歳が老化の分かれ道』(時想社新書)、『60歳からはやりたい放題』『90歳の幸福論』(扶桑社)など著書多数。