終戦から78年。戦争を経験した人が少なくなっていくなか、亡くなる直前まで戦争の記憶を短歌で伝え続けた男性がいる。自身の戦争体験を詠んだ短歌は”弔い”ー。そう男性は語った。

短歌は戦友への弔い

「当時は良しとしてた時代だもんね。今となっては戦争はね…それが正義の時代だからね」
「そう。だから、それの是非を聞かれたら答えられないって言ってた」

こう話すのは、福島県須賀川市の渡辺由美子さん(71)と息子の聡さん(41)

亡き父について語る渡辺由美子さんと息子の聡さん
亡き父について語る渡辺由美子さんと息子の聡さん
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2023年6月に亡くなった由美子さんの父・石井辰美さん(享年96)は、自身の戦争体験を短歌に詠んでいた。由美子さんは「“弔い”って言ってました。戦友の弔い」と話す。

石井辰美さん(享年96)自身の戦争体験を短歌に詠む
石井辰美さん(享年96)自身の戦争体験を短歌に詠む

覚悟はした…でも怖かった

開戦の2年後、16歳で旧日本海軍航空隊に入隊した石井さん。零戦の操縦士となって飛行訓練を続けるうちに、戦局は悪化していった。

入隊前の石井さん 16歳で旧日本海軍航空隊に
入隊前の石井さん 16歳で旧日本海軍航空隊に

「同期生とか同じ航空隊にいた者は、次々と特攻出撃命令を受けて出撃していった。自分もいつかはその日が来るなっていう覚悟はしてた。おっかないですよ、人間だからね。おっかないですよ。でも、命令を拒否することは軍隊というところはできないから、それに黙って従う」生前、石井さんは多くの仲間を見送ったことをこう振り返っていた。

疑わず迷わず帰れず 特攻志願書に 「熱望」と書く (石井さんの短歌より)

疑わず迷わず帰れず特攻志願書に「熱望」と書く(石井さんの短歌より)
疑わず迷わず帰れず特攻志願書に「熱望」と書く(石井さんの短歌より)

異常な状態を話しても分かるまい

出撃命令を受けないまま終戦を迎えた石井さん。戦後に教師となったが、教壇で自らの戦争体験を話すことはなかった。生前のインタビューで石井さんは「ああいう戦争の異常な状態の中の話をしても分かるまいという思いがあって、戦争の話はしなかった。時間の無駄だと」と話していた。

生前、生徒に戦争について話さなかったことを語る石井さん
生前、生徒に戦争について話さなかったことを語る石井さん

教え子に伝わる思い

福島県玉川村の須釜中学校で、石井さんが担任を受けもった森清春さんは「先生が戦争にこれだけ絡んでいたっていうのは、とにかくびっくりしました」と話す。

学歴にならざる 予科練を 唯一の経歴として 戦後始まる

学歴にならざる予科練を唯一の経歴として戦後始まる(石井さんの短歌より)
学歴にならざる予科練を唯一の経歴として戦後始まる(石井さんの短歌より)

53年ぶりに再会した時に、石井さんから歌集をもらって初めて恩師と戦争の関わりを知った。
森さんは「恩師である石井先生が、特にこの短歌でもって表していただいたっていうのが、戦争あるいは平和って大事だってことを素直に受け止められた」と話した。

石井さんの教え子・森清春さん 恩師の短歌で素直に受け止めることができたと話す
石井さんの教え子・森清春さん 恩師の短歌で素直に受け止めることができたと話す

生き残った者ができること

本格的に短歌を詠みはじめたのは、教員を退職後。詠んだ歌は400首に上る。
孫の渡辺聡さんは「自分が残っちゃったことについて、申し訳なさっていうか。志半ばで亡くなった戦友というか訓練生の分まで生きなくちゃいけないとか。亡くなってしまった人の気持ちを、その家族に届けたいとか。そういったことは言っていた」と話す。

亡き戦友(とも)をしのびて 歌を詠むことが 生き来し我の責務(つとめ)と思いぬ

亡き戦友をしのびて歌を詠むことが生き来し我の責務と思いぬ
亡き戦友をしのびて歌を詠むことが生き来し我の責務と思いぬ

短歌に込めた教え

亡くなる直前まで、歌を詠み続けた石井さん。教え子の森清春さんは「戦争が起こらないようにする、戦争にならないようにする。あるいはもともと戦争なんてあるものじゃないっていうような、そういう素地みたいなのは、みんなで持ち合わせていないと、一人が出てきて付和雷同してしまったり、そういう世の中にならないための人たちがちゃんといるっていうことを、私たちがそれを受け継いでいかなくてはらならい。あえてすべて語らなくて”感じ取ってくれ”っていうか”分かるよな”って先生が言っているような気がする」という。

亡くなる直前まで短歌を詠み続けた石井さん
亡くなる直前まで短歌を詠み続けた石井さん

戦争で死ぬのは惨たらしいこと

生前、石井さんは「美しく死ぬなんてとてもできない。むごたらしいものだ、戦争で死ぬということは、そういうむごたらしいことはやっぱり若い世代の人たちには味わせたくないと思う」と語っていた。

美しく死ぬなんてとてもできない。戦争で死ぬということはむごたらしいこと。
美しく死ぬなんてとてもできない。戦争で死ぬということはむごたらしいこと。

終戦から78年ー。戦争を経験した人が年々減少していく中、石井さんが残した歌が戦争の記憶を静かに伝えている。

消ゆるなき 記憶を積みし 我が一生よ 昭和平成 令和を生きて

(福島テレビ)

福島テレビ
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