鹿児島市などで死者・行方不明者が49人に上った「8・6豪雨災害」から30年。当時、水につかった鹿児島市街地で1人の県庁職員が市民の避難誘導にあたり、災害後は甲突川の治水対策に取り組んだ。77歳となった元県庁職員の男性と、あの当時を振り返った。

景色は一変…あのとき何が起こったか

1993年8月6日。降りしきる豪雨で鹿児島市中心部を流れる甲突川が氾濫し、鹿児島市街地は水につかった。

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見慣れた街並みは、どこに行った? 誰もが途方に暮れた表情をしていた。そんな中、声を張り上げる男性がいた。

「山形屋(やまかたや。鹿児島市の繁華街の一角にある百貨店)に逃げてください!こっち渡って、手をつないで渡って!」「甲突川が氾濫したようでございます!」

決壊したのかという記者の質問に、男性は「分からないが、とてもそういう状態じゃない。過去の水害の例から見て市役所方面が安全なのでそちらに逃げてもらいたい」と答えた。

牟田神宗征(むたがみ・むねゆき)さん、77歳。当時、鹿児島県河川課の技術補佐だった。30年前のあの日、水につかった市街地で市民の避難誘導にあたっていた。当時の映像を見た牟田神さんはこう語った。

牟田神宗征さん:
天文館の方が高さがあるからあっちに避難しましょう、ということで、少し皆さんも理解していたようですよね

1993年8月6日夕方、豪雨で甲突川の水位が上がっているとの連絡を受けた牟田神さんは、県庁から直線で約1.7km離れた、甲突川にかかる西田橋へ歩いて向かっていた。
幕末に甲突川に架けられた「五石橋」の一つである西田橋は建造当時、大名行列が通り、90年代になっても多くの車が行き交う“現役バリバリの橋”だった。

しかし、鹿児島市消防局の担当者が「甲突川の氾濫により国道3号が1メートル増水しています」と、降りしきる雨の中呼びかけていた。牟田神さんは西田橋まで行くのを断念した。

牟田神宗征さん:
大量の流水でとても西田橋まで行けないということで、氾濫の範囲を確認したのが当日の出来事です

国道3号と鹿児島市電の線路が交わる鹿児島市加治屋町。あの時牟田神さんは、ここで声を枯らしながら市民を避難誘導していた。30年たち、同じ場所で牟田神さんに聞いた。

――見慣れた光景とはまったく違っていた?

牟田神宗征さん:
おっしゃる通りです。全面水だらけでした。国道の上流からどんどん水が流れてきて、あまりの氾濫のひどさに、県庁に自分自身どう帰ったのか記憶にありません。「先のこと」を考えていたので

“同じ悲劇”を繰り返させないために…

牟田神さんが考えていた「先のこと」。それを示す声が当時の鹿児島テレビの取材テープに残っていた。

「武之橋が落ちたって!」

甲突川の五石橋の一つで最も下流に架かっていた武之橋。激しい濁流で川底とともに土台が流され、5連アーチのうち1つを残して崩落した。その瞬間の映像は鹿児島テレビに残っている。同じく五石橋の一つ、新上橋も崩落してしまった。「先のこと」とは、二度と同じような災害が起こらないようにするための河川の改修だった。

8・6豪雨災害後、県と鹿児島市は甲突川の抜本改修に取りかかった。その柱となったのは、川底を約2メートル掘り下げることだった。豪雨となっても水かさが上がらないようにする狙いだったが、その実現には、8・6の激流に耐えきった玉江橋、西田橋、高麗橋、3つの石橋の撤去が必要だった。

150年の歴史を刻んだ石橋の撤去をめぐっては反対運動も起きた。河川課の課長となっていた牟田神さんは反対する市民グループとの対話を続けた。
当時、牟田神さんは鹿児島テレビのインタビューに「災害を自然に逆らって減らすことは難しいが、人的被害を減らすことはできるとわたしは思っています」と答えている。

“誇り”をかけて一大事業に尽力

8・6豪雨災害から7年後の2000年、総事業費約390億円にのぼる甲突川の「激特事業(河川激甚災害対策特別緊急事業)」が完了し、あの災害を語り継ぐための石碑が設置された。記念式典の実行委員長を務めたのは、牟田神さんだった。

2023年5月、当時の式典会場を訪ねた牟田神さんは「感慨深いものがあったのでは?」との記者の質問に、こう答えた。

牟田神宗征さん:
うれしかったですね!今まで難儀したし。あの時だけは当時の須賀知事に感謝しました(笑)

激特事業では川底の掘り下げのほか、川の拡幅や護岸工事も同時に行われた。牟田神さんは「治水的にも耐震的にも十分耐えられる構造にしている」と話す。あの災害から30年後の甲突川を取材したその日、荒れ狂った当時の姿を想像することは困難だった。

牟田神宗征さん:
わたしは県で長年治水対策に取り組んできました。県と市が取り組んで現在のような街づくりができたことは、関係各位に心から敬意を表したいと思います

県庁マンとして甲突川の抜本改修に全身全霊をかけた牟田神さん。その言葉には「誇り」が垣間見えた。

(鹿児島テレビ)

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