2023年4月28日妊娠中絶薬が認可され、日本でも中絶が内服薬でできるようになりました。従来の手術による中絶では子宮に傷がつき、それが原因で難治性不妊になってしまう方もいて、不妊を専門とする私にとっても待ち望んでいた朗報です。

大リーグで大活躍する大谷翔平選手に話を振ると不思議に思う人が大部分でしょう。野球に詳しい方の中には2018年シーズン中、肘の故障をPRP療法で乗り越えたことを記憶されているかもしれません。PRPとは多血小板血漿(platelet rich plasma)で再生医療の一つです。

従来の妊娠中絶手術は搔爬法(そうはほう)といって子宮の内容を鋭利な器具で削り出すものでした。子宮内膜に傷がつくと内膜が薄くなり受精卵が着床しにくく、難治性不妊になることがあります。PRP療法は子宮内膜の再生にも有効で、子宮内へ注入し内膜を厚くし着床率をあげ妊娠しやすくします。

難治性の病気を治すのが医学ですが、妊娠中絶の手術が難治性不妊の原因であれば、より安全な治療を受けるに越したことはありません。手術をせずに中絶が可能になる内服薬の認可はその可能性を広げてくれます。

日本の妊娠中絶と問題点

日本で行われる人工妊娠中絶の件数は年間約16万件といわれています。そのうちの8割が搔爬法による中絶という調査報告があります(表1)。従来行われていた搔爬法は、子宮に孔が開くなどの合併症が起こることが少なくありません。

表1
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実際、掻把法の合併症の頻度は真空ポンプ作用で内容物を吸い取る吸引法のおよそ5倍にあがります。重篤な合併症である子宮穿孔の頻度も掻把法の方が7倍位高いことがわかります(表1)。また子宮内膜に傷がつけば内膜が薄くなる、子宮内腔が癒着して狭くなるなどの後遺症が起こり得ることを忘れてはいけません。

これに対して世界保健機関(WHO)は中絶や流産に伴う手術を行う場合は搔爬法に代わって吸引法、あるいは流産を起こす内服薬の利用を推奨しています。WHOも推奨するプラスチック製の真空吸引器MVA(Manual Vacuum Aspiration)は日本でも承認され、2018年には流産手術には保険適用がなされました。

厚生労働省も2021年7月産婦人科の学会および医会にWHOガイドラインを会員に周知するよう求める通達を出し、安全な手術を求めています。

「搔爬法が未だに実行されている場合には、安全性と女性のケアの質を改善するために、吸引法に取って代えるための全ての努力がなされるべきである」としています。日本の常識は世界の非常識だという声も聞こえます。改善には治療を受ける側や社会の理解も重要だと思いませんか。

妊娠中絶薬は世界の常識

世界に目を転じると、経口妊娠中絶薬の開発は1980年代に進み、1987年には妊娠維持に必要なプロゲステロンのホルモン作用を阻害するミフェプリストンが使用されるようになりました。2000年には米国FDAがミフェプリストンを承認し広く世界で使用されるようになり、現在では80カ国ほどで使用が認められています。

 
 

最近ではミフェプリストンに子宮収縮作用をもつプロスタグランジンの一種であるミソプロストールを併用する方法が主体になっています。日本でも遅ればせながら、二つを使った「メフィーゴパック」の治験が行われました。

写真提供:ラインファーマ株式会社
写真提供:ラインファーマ株式会社

ミフェプリストンを1錠服用しその後にミソプロストール4錠を服用すると、8時間以内に90%、24時間以内には93.3%(112/120)に流産が確認されました。つまり薬剤の成功率は93.3%ということができます。下腹部痛が30.8%にみられたのは子宮収縮に伴うものでしょう。重篤な副作用や合併症はみられませんでした。

その結果をもって日本でも「メフィーゴパック」が2021年12月に中絶薬として薬事承認申請がなされました。2023年1月27日に薬事・食品衛生審議会医薬品第一部会において審議され、承認が了承されました。パブリックコメントでは賛否を含め通常の100倍のコメントがあり、関心の高いことがわかります。

そして4月21日、上位組織である薬事分科会において承認了承されましたが、「適切な使用体制の在り方が確立されるまでの当分の間、入院可能な有床施設で入院または外来(院内待機を必須)」で使用するとの条件が付されました。それを踏まえて4月28日厚生労働大臣が正式認可し、薬物による中絶という選択肢が加わったのです。

経口中絶薬は手術と比べ女性の心身に負担が少なく、手術による合併症や後遺症も防げると思います。新たな選択肢として期待されます。ただし新薬には思いがけない副作用の可能性等もあり、専門医のもとで慎重に使用されることが大切です。

望まぬ妊娠を防ぐ避妊法 

日本は妊娠中絶後進国といわれてきましたが、この背景には妊娠や避妊に対する知識が国際社会の中で最低レベルであることも関係していると思います。

※イメージ
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避妊法は各種あり世界では避妊用ピル(OC)が主流です。日本では避妊の実施率が低く先進国に比べてコンドーム法、性交中絶法が高率であることが特徴です。結果として避妊に失敗し妊娠中絶が残念ながら年間16万件も実施されているのが現状です。

正しい避妊で望まない妊娠は防げるのですが、性暴力やコンドーム破損など予期せぬ事態に対応する必要も生じえます。それが緊急避妊法です。モーニングアフターピルとも呼ばれています。

緊急避妊薬としてすでに承認されているレボノルゲストレルというホルモン剤がそれにあたります。服用により排卵が抑制され結果として妊娠を防ぐと考えられています。具体的には性交後72時間以内にレボノルゲストレル単剤1.5mg錠を1錠服用することで、妊娠は相当防ぐことができます。

蛇足で避妊法までお話しましたが、望まない妊娠は男性の協力も必要ですが女性自身が防ぐことが大切です。以前は中絶の選択には両性の同意が必要でしたが、最近はリプロダクティブヘルス・ライツの観点から男性の同意がなくとも女性が決めてよいように変わってきました。今回の妊娠中絶薬の承認をうけて中絶の方法も自分で選択できる時代へと変わってきたと言えます。
 

【寄稿:医療法人財団順和会山王病院リプロダクション・婦人科内視鏡部門長(名誉病院長)
国際医療福祉大学大学院教授 堤治】
【図解イラスト:さいとうひさし】

堤 治
堤 治

埼玉県秩父市出身。東大医学部卒、同大産科婦人科教授を経て2008年より山王病院。東宮職御用掛として皇后雅子さま御出産の主治医を務めた。生殖医療専門医、内視鏡技術認定医で、現在も難治性不妊に対する再生医療の導入や内視鏡手術の新技術開発を行い、妊娠から出産まで広く産婦人科の診療に携わっている。