6月2日、厚生労働省から2022年の人口動態統計が発表されました。出生数及び合計特殊出生率の年次推移で77万747人は最少の出生数、合計特殊出生率1.26も最低レベルであることが広く報道されました。

私がより注目したのは母の年齢別出生数の年次推移です。1985年には245人(0.017%)であった45歳以上母親からの出生数が2022年には1658人(0.22%)と増加し、同様に40歳から44歳は8224人(0.57%)から46336人(6.0%)と少子化に反し、出生数に占める割合はどちらも10倍以上に増加しています。

40歳以上の母親からの出生数増加の年次変化をみていくと、女性の有職率、結婚年齢の上昇に比例し、体外受精で生まれる子供の数にも相関しているようです。体外受精が年齢の高い方の妊娠・出産に貢献できることは嬉しいことですが、前編で述べたように35歳未満の方に比べると45歳での妊娠に成功することは100倍大変なことです。
経済的負担、肉体的負担、精神的負担は皆さんの想像を超えるものです。努力しても妊娠できなかった方の負担も勘案すれば子供一人当たり1000万円を優に超えると思います。

不妊外来で年齢の高い患者さんに寄り添う現場の医師としては、リプロダクティブ・ヘルスを守るためのリプロダクティブ卵子凍結は必要と考え筆を執りました。後編では卵子凍結の具体的な問題点やその先を見据えたプレコンセプションケアについてお話したいと思います。

(関連記事:【前編】卵子凍結は日本の少子化を止める切り札になるか?賛否ある「社会的卵子凍結」の実態

卵子凍結のプロセス

まず卵子凍結のプロセスと体外受精の関係をみておきましょう。(表1)

表1
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体外受精でも卵子凍結でもできるだけ多数個の卵子を確保するために卵巣を刺激する排卵誘発を行います。目標は10-20個ですが、40歳代では取れる卵子数は減少します。卵が育ったところで超音波下に腟の側から卵子を吸引します。卵子凍結の場合、採れた卵子の中から受精に適した成熟卵子を凍結保存します。

通常の体外受精では、採れた卵子と精子を出会わせ受精させますが、精子のコンディションによっては顕微授精といって卵子に精子を注入することもあります。受精卵が順調に育てば、通常凍結保存し、次の周期以降子宮を整えて移植します。日本の体外受精妊娠の90%以上は凍結胚移植によっています。移植した胚が着床して妊娠、出産に至る割合を左右するのも卵子の年齢です。

表2
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凍結卵子の場合、融かして顕微授精、受精卵を発育させるハードルをクリアして初めて胚移植に到達します。体外受精の場合でも卵子凍結の場合でも受精しない卵、受精しても発育が停止するものがあり(表2)、最終的に出産にたどり着く確率を高めるためには10個あるいはそれ以上の卵子を凍結する必要があります。

卵子凍結の根本的な問題点は、日本の社会と教育

卵子凍結は卵子の数的減少や質の低下を予防し、効率的な不妊治療を可能にすることは明らかですが、前編で述べたように産婦人科学会が推奨しないのはそれなりの問題点があるからです。

まず卵子凍結の項で述べたように、凍結卵子は受精・着床というステップを経て妊娠に至るもので、100%妊娠を保証するものではありません。妊娠の確率を高めるための排卵誘発や採卵は心身の負担であり、採卵(20-40万円)、保存(年5-10万円)の経済的負担もあります。

リプロダクティブ卵子凍結は出産の時期を自分で選ぶことができ、リプロダクティブ・ヘルスを保証しようというものですが、結果として結婚年齢があがり、高齢妊娠・高齢出産のリスクは高くなることは否めません。帝王切開による分娩も高率になります。

卵子凍結を検討する際にはインフォームド・コンセントが重要だといわれますが、卵子や受精・着床、妊娠・出産に対する理解はもちろん、ご自分のライフスタイル・ライフサイクルから見直す必要があると思います。

図1
図1

私は卵子凍結や高齢の不妊治療を根本的に考えると、日本の社会と教育の問題が浮かび上がってくると思います。

平均初婚年齢を図1に示しました。日本では女性の有職率と初婚年齢が相関していますが、欧米諸国ではそのような傾向はみられないようです。日本社会では、活躍する女性はキャリア形成期に安心して結婚や妊娠・出産、子育てができにくく、後回しになり、その結果として高齢不妊や卵子凍結の必要性が生じていると考えられます。岸田内閣の異次元の少子化対策には社会の問題の改善を求めたいです。

もう一つは性や生殖に関する教育の問題です。卵子の数が年を追うごとに減り、エイジングにより妊娠率が下がり、流産率やダウン症等の染色体異常の頻度が増えることを知ることは大事なことです。しかし日本では教育の機会が乏しく、先進国のなかでは性や生殖に関する知識が最低レベルです。
生殖や自分の身体と健康に関する正確な知識がなく、結果として十分理解した上でのライフプランの選択ができなかったという後悔を年齢の高い不妊患者さんからお聞きするのは残念なことです。

プレコンセプションケアとは

プレコンセプションケアは、比較的新しい概念ですがconception(受胎)から派生した言葉で、米疾病対策センター(CDC)は「女性やカップルに将来の妊娠のための健康管理を提供すること」と定義しています。生殖年齢の女性の将来の妊娠に影響し得る各種の危険因子を減らすことが重要なミッションです。

図2
図2

プレコンセプションケアは女性に限ったものではありませんが、リプロダクティブ卵子凍結をキーワードにすると、現在結婚の予定はないが、将来は子供を持ちたいと考えている女性に対する様々な効用が期待されます(図2)。

卵子凍結は望まないがライププランを考え直し、早々に結婚し妊娠・出産を前倒しにする。それにより夫婦が望ましいと考えられている子供二人以上も現実的になります。卵子凍結を行った人たちの中には早々に結婚し自然妊娠をする方も少なくないことは、欧米のデータからも明らかです。子供を持ちたいという強い気持ちが結婚を早めると思われます。

卵子凍結を行わなくても、少し年齢の高いことを自覚すれば、結婚した場合、早期に不妊治療を開始するモチベーションに繋がる可能性もあります。

日本には、性や生殖に対する教育が十分でないという問題と若い世代が安心して妊娠、出産、育児を営みにくいという社会の問題があり、結果として生殖医療に依存する割合が高くなり、治療成績が必ずしも十分でないことをお示ししました。

卵子凍結はリプロダクティブ・ヘルスを守る一手段です。これを含むプレコンセプションケアに行政や企業も前向きに取り組んで頂くことにより、現代日本の少子化対策への切り札となることを期待しています。
 

【寄稿:医療法人財団順和会山王病院リプロダクション・婦人科内視鏡部門長(名誉病院長)
国際医療福祉大学大学院教授 堤治】
【図解イラスト:さいとうひさし】

堤 治
堤 治

埼玉県秩父市出身。東大医学部卒、同大産科婦人科教授を経て2008年より山王病院。東宮職御用掛として皇后雅子さま御出産の主治医を務めた。生殖医療専門医、内視鏡技術認定医で、現在も難治性不妊に対する再生医療の導入や内視鏡手術の新技術開発を行い、妊娠から出産まで広く産婦人科の診療に携わっている。