「先生、大変です。主人がPCR検査陽性でコロナに感染してしまいました。どうしたらいいいでしょう。」

42歳のAさんは不妊治療でご妊娠され、臨月を迎えお子様の出産をご主人と楽しみにされていました。ご主人も出産に立ち会い、生まれたての我が子を抱きしめるために、コロナには注意していたのですが、第7波にあたり残念ながら感染してしまったのです。

「とにかくご主人とは隔離して頂き、Aさんご本人のPCR検査をいたしましょう。妊婦さんが感染すると重症化するリスクもあり、赤ちゃんにも危険が及ぶことがあります。」

Aさんの検査結果は陰性でしたが、濃厚接触者にあたるのでご自宅で隔離期間を過ごして頂きました。隔離期間中の出産は特別な措置が必要になります。万一、陽性になり感染したまま出産すると、生まれてきた我が子を抱くこともできません。幸いAさんは隔離が明けるのを待ってPCR検査で陰性を再確認し、無事元気な男の子を出産することができました。

ご主人は出産に立ち会うことができず、母子の入院期間中にも面会できずお気の毒でしたが、退院の時には病院に迎えに来られ、感激の対面ができました。コロナ禍ならではの思い出になるかもしれません。

今回は不妊治療や出産の現場から、新型コロナの影響や、どうやって対処していったらいいかを考えていきます。また、日本への飛び火が懸念されている南半球でのインフルエンザの流行についても言及します。

妊娠中の感染で高まる“重症化”“早産”などのリスク

新型コロナのパンデミックから3年目になり、妊娠や胎児に対する影響も次第に明らかになってきました。重要な点を表にまとめてみました。まず知っておく必要があるのは、妊娠中に新型コロナに感染すると、妊娠していない人に比べて重症化のリスクが高いことです。

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妊婦は新型コロナ感染により、集中治療室(ICU)に入る可能性が3倍高く、人工呼吸器を使用する可能性が2.9倍高く、死亡する可能性が1.7倍高いと報告されています。重症化の因子として、35歳以上、過体重または肥満、慢性肺疾患、慢性高血圧、妊娠糖尿病などの基礎疾患が関連しているともいわれ、該当する方は特に注意が必要です。

重症化のメカニズムはよく解っていませんが、妊婦は胎児という免疫学的には“他者”を宿しているため、免疫機能を若干低めにコントロールしているためではないかと考えています。これはインフルエンザなどにおいても妊娠が増悪因子といわれることに通じると思います。

妊娠中に新型コロナに感染すると重症化のリスクが高まるが、そのメカニズムはよくわかっていない(画像はイメージ)
妊娠中に新型コロナに感染すると重症化のリスクが高まるが、そのメカニズムはよくわかっていない(画像はイメージ)

それでも、新型コロナに感染してしまった患者さんが真っ先に心配するのは、やはりお腹にいる赤ちゃんへの影響です。

「先生、大変です。咳が出たので近所でPCR検査を受けたら陽性でした。どうしましょう。赤ちゃんは大丈夫でしょうか。」

Bさんは43歳。不妊治療で妊娠され30週を迎え、外出も控えめにして注意していましたが、ご主人から家庭内感染をしてしまったようです。

妊娠中に新型コロナに感染した場合、早産(37週未満の出産)や死産のリスクが高くなることが報告されています。早産によって未熟児が生まれれば、赤ちゃんにとって大変なことです。しかし不幸中の幸いで、感染した母体から生まれた赤ちゃんには、先天性の奇形などが増えることはないとされています。風疹などのウイルスと違い、新型コロナウイルスは胎盤を通って胎児に悪影響を与えることはなさそうです。

Bさんには経過をみるために入院していただきましたが、幸い重症化することはなく、5日ほどで退院。2カ月後に無事、元気な女の子が生まれ「先生、あの時はどうなるかと思いましたが、こうして我が子を抱くことができて本当に良かったです」とおっしゃっていました。

もう一つ大事なことはワクチンです。一時妊婦さんは接種時期を検討すべきという議論もありましたが、現在妊娠中どの時期でも機会があれば接種すべきというのが世界の常識です。ワクチンの効用はといえば、国内からも、感染した妊婦の大多数がワクチン未接種者であったという報告がなされました。またワクチン接種者では「中等症 II(呼吸不全あり) 以上となった事例はなかった」ともいわれています。妊婦さんは自分のためだけでなく、赤ちゃんのためにもぜひワクチンを接種してもらいたいものです。

「不妊治療は不要不急か?」 長引くコロナ禍で意識に変化

 「不妊治療は不要不急か?」という問題が新型コロナパンデミックの初期に提起されました。2020年4月日本生殖医学会から不妊治療の中止ないし延期を勧奨する声明が出され、広く報道され、社会的には不妊治療のみならず妊娠やいわゆる妊活に対する不安も増大しました。

【寄稿】「不妊治療は時間との闘い」妊活か自粛か...どうするコロナ禍の不妊治療 専門家の見解 ~医療法人財団順和会山王病院 堤治名誉病院長 特別寄稿~

実際2020年4・5月の不妊外来受診者数が激減しただけでなく、社会一般に新型コロナの不安から妊娠を避ける傾向が生じ、その結果2021年1・2月の出産数は減少しました。2021年の史上最少の出生数、81万1604人にも影響したと考えられます。

 新型コロナへの理解と対策が進んだ昨今では、不妊治療も落ち着きを取り戻しつつあります。特に2022年4月、体外受精等の不妊治療に保険が適用されるようになってから、むしろ診療実数は増加傾向を示しています。実際のところ患者さんは新型コロナをどう理解し、診療に向き合っているのかを知るため、第7波の真っ最中のこの夏、山王病院では不妊治療の患者さんにアンケート調査を行いました。

 不妊治療が不要不急かという問いには、2020年5月の時点では半数以上の人が「はい」ないし「なんともいえない」と答え、「いいえ」は47%でしたが、今回は98%の方が「いいえ」と答え、不妊治療に前向きな考えが主流になったことがわかります。しかし、今妊娠することに不安があるかという問いには4割以上の方が「ある」と答えています。

アンケートは山王病院リプロダクション・婦人科内視鏡治療部門が実施(担当:野間)
アンケートは山王病院リプロダクション・婦人科内視鏡治療部門が実施(担当:野間)

 この不安の背景には、新型コロナの自分自身への影響、胎児への影響があります。実際、妊娠中の新型コロナ感染が重症化や早産リスクの上昇につながることをご存じの方が、およそ4分の3を占めていました。アンケートでは、リスクを理解し不安を抱えながらも、不妊治療を継続する最も大きな要因は年齢であることも分かりました。

 私どもの外来では、日々の体温やマスク、うがい、手洗いのチェックリストをつけて頂いておりますが、みなさんきちんと実施してくださっています。一つ気がかりなのはワクチン接種です。

 3回目まで接種を済まされている方は63%でした。同時期、日本国内のワクチン接種の全人口に占める割合は62.7%と報告されています。全人口には接種対象年齢に満たない子どもも含まれており、不妊患者さんの接種率が高いとはいえません。およそ1割の方が、まったく接種を受けていないのも気になります。

今冬はインフルエンザも?新型コロナとの“同時流行”に備えを

「ワクチンは打たれましたか?私は抗体を測定してもらっています。2回のワクチン接種を受け、3度目の前に抗体を測ったら100単位しかなくがっかりしました。1000単位はないと予防効果が期待できないからです。3回目の接種後に測定すると10000単位、なんと100倍に増えて一安心しました。」

「それはよかったですね。」と患者さん。

「ところが、しばらくして病院職員の定期的PCR検査で私自身の陽性が判明しました。ほとんど無症状でしたが、3回目の前だったらどうなっていたか。ワクチンで命拾いしました。4回目を接種した今は40000単位です。」と外来でお話しています。

妊娠中に感染した場合のリスクやワクチンの効用を説明し、私(主治医)の体験を訴えると多くの方が「今度はワクチン接種受けます」と言ってくださいます。妊娠中の方やこれから妊娠しようと考えられている方、さらにそのパートナーの方には、生まれてくる新しい生命のためにも、ぜひワクチン接種をお勧めします。

もう一つ大事なワクチンの話をさせてください。インフルエンザワクチンです。インフルエンザは、この2年新型コロナ対策のお陰もあって世界的に影を潜めていました。裏返せばインフルエンザに対する集団免疫が低下したことを意味しています。新型コロナと同様、インフルエンザも変異を起こしやすいウイルスで、いつ逆襲してくるかわかりません。

インフルエンザは季節性があり、日本の夏に南半球で流行したインフルエンザウイルスが冬になり日本で流行することは知られています。この夏のオーストラリアのインフルエンザ報告者数をみると、この2年間低レベルであったものが爆発的に増加したことがわかります。これは対岸の火事ではなく、日本にも飛び火してくることを覚悟しなければいけません。

2022年5月、爆発的に感染が拡がった(7・8月は暫定値)オーストラリア保健省HPのグラフを元に編集部で作成
2022年5月、爆発的に感染が拡がった(7・8月は暫定値)オーストラリア保健省HPのグラフを元に編集部で作成

妊婦さんや胎児への影響は新型コロナよりインフルエンザのほうが質が悪いと思います。国も同時接種を認めてくれました。妊娠の有無に関わらず、この秋にはインフルエンザワクチンの接種をお願いします。自分の健康はもちろん周囲の大切な人の命を守るために大切なことです。

【寄稿:医療法人財団順和会山王病院 名誉病院長 堤治】
【図解イラスト:さいとうひさし】

堤 治
堤 治

埼玉県秩父市出身。東大医学部卒、同大産科婦人科教授を経て2008年より山王病院。東宮職御用掛として皇后雅子さま御出産の主治医を務めた。生殖医療専門医、内視鏡技術認定医で、現在も難治性不妊に対する再生医療の導入や内視鏡手術の新技術開発を行い、妊娠から出産まで広く産婦人科の診療に携わっている。