夜空を焦がす炎。鳴り響くサイレン。北九州市民の“台所”と親しまれていた小倉北区の旦過市場を襲った大規模火災から1年の月日がたった。未曾有の大火災で全てを失った店主たちの1年を追った。

2度の大規模火災が旦過市場を襲った

2022年4月19日、旦過市場を襲った大規模な火災。燃え上がる市場を前に、女性はぼうぜんと立ち尽くした。

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「いちべえ」店主・徳岡朱美さん:
隣のラーメン屋さんがドンドンたたいて教えてくれてね。たたき方が異常なので「どうしたのかな」と思って

市場内で、だご汁店「いちべえ」を営んでいた徳岡朱美さん。自宅を兼ねた店は、この場所で紡ぎ続けた思い出とともに焼け落ちた。

火災の翌日、徳岡さんの店と同じ通りにあった弁当店「味久」でも、火災後の整理が行われていた。

「味久」糸山英典さん:
肉じゃがの成れの果てです。仕込んでた肉じゃがとかフルーツポンチとか高菜の油炒めとか

この市場で店を開いて28年になる糸山英典さん。丹精込めて仕込んだ弁当の具材が悪臭を放っていた。ぼうぜんとなるほか、なかった。

「味久」糸山英典さん:
そうですね…、まだ…、まだ頭が真っ白で、何も考えてないです。取りあえず、もう片付けが…

「引退」の決断

火災から1年となる2023年4月、取材班は糸山さんのもとをたずね、話を聞いた。1年前と比べ、糸山さんは少しやつれたように見えた。そして声を絞り出すように、この1年を振り返った。

「味久」糸山英典さん:
がれきの撤去だけでも、何カ月もかかったでしょ…。で、やっと片付いたころに2回目の火災でしょ…。当時(最初の火災のあと)は「頑張るぞ」という思いもまだありましたけど…

最初の大規模火災からわずか4カ月。2022年8月10日、旦過市場を再び火の手が襲った。立て続けに起こった大規模火災。再起をかける糸山さんの前に大きく立ちはだかった。糸山さんに、もう力は残っていなかった。

「味久」糸山英典さん:
決断するまで時間はかかりましたけど、とにかく「もう、引退しかないな」と思いました

市の補助や、仮設店舗の設置が検討される中での引退の決断。今後は知人の店を手伝うという。

常連客から届いた一通の手紙

一方、だご汁店を失った徳岡朱美さん。最初こそ落胆していたものの、徐々に前向きな気持ちを取り戻していた。

「いちべえ」店主・徳岡朱美さん:
またやります!だご汁店!また店ができたらよろしくお願いします!

最初の火災後、市場内に空き店舗を借り、再開準備に取りかかっていた徳岡さん。
「もう少しでまた店を開くことができる」と期待で笑顔がこぼれていた矢先、2度目の大規模火災が市場を襲う。

火災からわずか4カ月後、再び大規模火災が襲う
火災からわずか4カ月後、再び大規模火災が襲う

前回よりも広範囲を焼き、復興を目指す人たちの気持ちをへし折った2度目の火災。再びがれきが積み重なった市場を目の当たりにし、徳岡さんの足は市場から遠のいていった。

2度目の火災のあと、徳岡さんの体重は激減、薬を飲まなければ寝られないほどに精神的な疲労がたまっていた。

「もう無理かも」と思い悩んでいたころ、常連客から届いた一通の手紙。その手紙が、もう一度、前を向かせてくれたと徳岡さんは話す。

「いちべえ」店主・徳岡朱美さん:
「前向きに立ち直ってくださると信じています。でも無理なさらないで、まず健康第一でことを進めてくださいね」って。ありがたいことです

「前を向いて頑張っていく」

2度目の火災から約1カ月後の2022年9月、疲労からか、少し痩せたように見えた徳岡さんだったが、顔には笑顔が浮かんでいた。

「いちべえ」店主・徳岡朱美さん:
やっと気持ちが湧いてきた。うれしいです

新しい店舗に大きな看板を掲げ
新しい店舗に大きな看板を掲げ

新たに借りた店先に「いちべえ」の看板を掲げる。へこたれることなく心機一転、店の再開に取り組んだ。そして2023年1月、営業再開の前日。

「いちべえ」店主・徳岡朱美さん:
再開、明日です。どうする(笑)、明日です(笑)

仕込みは夜更けまで続いた
仕込みは夜更けまで続いた

翌日に迫った営業再開に向けて、だご汁を仕込む徳岡さん。体力の衰えを感じながらも徐々に以前の感覚を取り戻していく。仕込みは夜更けまで続いた。

そして10カ月ぶりの営業となった再開初日。「いちべえ」には温かいだご汁を求めて、ぽつぽつと客が集まっていた。

訪れた客:
熱い!熱い!でも、おいしい

店内の狭さも考慮して、告知なしでの営業再開。少しずつだが、一歩ずつ。慣れるまではマイペースで営業する。

「いちべえ」店主・徳岡朱美さん:
やっと「きょうが開店の日だな」と思ってね、まあ、今から前を向いて頑張っていかなきゃいけない。何歳まで生きられるかわからないけど、死ぬまで頑張ります。命ある限り、極楽浄土に慌てて行かんでもいい

1度目の火災から1年。営業を再開した人、それを果たせなかった人。激動の1年を振り返りつつ、それぞれが新たな一歩を踏み出している。

(テレビ西日本)

テレビ西日本
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