わずか半年の間に2度の大規模な火災に見舞われた、北九州市小倉北区の旦過市場。多くの店舗が火災による被害を受けた中、再起を目指す老舗精肉店の83歳の店主に密着した。
「もうひと踏ん張り」そんな矢先…
2022年4月、北九州市の旦過市場一帯を襲った火災。この場所で長い歴史を紡いできた、たくさんの店が焼失した。火災から2日後、市場の入り口には被害状況を確認する男性の姿があった。
戸根食肉店主・松田角二さん：
もう、めちゃくちゃじゃね。思った以上にやられとった
市場で約70年にわたって精肉店を営んできた松田角二さん(83)。経営する「戸根食肉」は全焼だった。松田さんは、焼け跡を前に厳しい表情を浮かべながらも、涙を浮かべる従業員に気遣い、営業再開のめどが立たない中でも笑顔を絶やすことがなかった。その後も毎日、市場に足を運んだ。
戸根食肉店主・松田角二さん：
（市場で）人の流れなどを見るのが楽しみ。本当、市場は人生そのもの。ここにずっとおったら満足なんよ
店があった場所に立つバリケードを眺めていると、常連客や取引先の人が声をかけてくる。
常連客：
みんな言いよるんよ。（店が閉まっていて）困っとるって
戸根食肉店主・松田角二さん：
みんな言いよった？
常連客：
早よ、再開できんかねえ
戸根食肉店主・松田角二さん：
できますよ
常連客：
頑張ろうやね！ 待っとるけえね
戸根食肉店主・松田角二さん：
やります！
店の再開を待ち望む声が聞かれる中、がれきの撤去作業も始まった。
戸根食肉店主・松田角二さん：
一歩ずつ、一歩ずつ。もうひと踏ん張りやないよ。もうふたつもみっつも踏ん張らないかん。ここでやるけえこそ、ええんよ。アイラブ旦過よ！
自分を育ててくれたこの場所でもう一度、店を構えたい。バリケードの隙間から営業再開を思い描いていた、そんな矢先のことだった。
2022年8月、市場が再び炎に包まれたのだ。旦過市場を襲った2回目の大規模火災。店の跡地には再び、大量のがれきが積まれた。1回目の火災後、毎日姿を見せていた松田さんの足も、市場から遠のいていった。
2度目の火災乗り越え再出発へ
2度目の火災から2カ月ほどがたった10月。松田さんと従業員たちの姿は、市場近くのラーメン店にあった。営業再開に向けての会議だ。2度目の火災で、もともとの再開予定を変更せざるを得なかったが、早期の営業再開に向けて歩みを止めるわけにはいかない。
従業員：
言われるよ、みんなから。何しよんかね！って
従業員：
いつ、するんかって。お客さんが待っとるんやけん、早よ、しとくれって
ある日のこと、松田さんが卸業者と取引を行っていたのは、なんと道ばただった。店舗を持たない今の松田さんにとっては、道ばたが交渉場所なのだ。
戸根食肉店主・松田角二さん：
ヤミで売り買いしよるようなもんやね（笑）
この日、大きなヒレ肉を購入した松田さん。段ボールを抱えて向かった先は、旦過市場近くの鉄板焼き店だった。店へ着くなり調理場へ入り、肉をさばき始める。
鉄板焼 en オーナー 田中実さん：
（松田さんが肉を）切ってくれると、やっぱり売れるんですよ。僕が切ると、あんまり売れないんですよ
戸根食肉店主・松田角二さん：
気持ちがええ！気持ちがええ！（笑）
いつも、周囲を笑わせる松田さん。口ではおどけながらも、肉と向かい合えば、その表情は真剣そのもの。丁寧にスジや脂を取り除いていく。
戸根食肉店主・松田角二さん：
再開しだしたら、こんな大きいやつが来るからね。持ちきれんぐらいやからね（笑）
営業再開に向けての熱い思い。包丁を持つ頻度は減ったが、腕は健在だ。あとは、元の場所に店を構えるだけだ。
そして12月、がれき撤去後のさら地の一部に、レンガを敷設した「タンガレンガ広場」がオープンした。活気が戻る中、そこには松田さんの姿もあった。ブルーシートの合間から入って行ったのは「戸根食肉」の跡地だ。もうがれきはない。
戸根食肉店主・松田角二さん：
ここにね、私の店ができるんですよ
建設されていたのはプレハブ店舗。一刻も早く「戸根食肉」を再開するため、突貫での工事が始まっていたのだ。ここは冷蔵庫、ここにはショーケースと、松田さんは新たな店の姿を思い浮かべる。
従業員：
でも、なんかほっとするね。光が見えたような気がするね。ぼーっとしとったらいかんよ、ぼーっとしとったら
戸根食肉店主・松田角二さん：
おー、いま、ぼーっとしよった（笑）
従業員：
建物あるけど、道具がなかったら始められんのやけさ
戸根食肉店主・松田角二さん：
やかましいよ！（笑）
最初の火災から8カ月。今、松田さんの歩みは速度を上げて進んでいる。
戸根食肉店主・松田角二さん：
やっぱりね、ここがほんとに好きなんよ。ここ行き交う人も好きやし、顔なじみもだいぶおるしね。60年ぐらいになるしね、アイラブ旦過ですよ
（テレビ西日本）
