半世紀を超える異例の裁判となった「袴田事件」。裁判をやり直すかどうか、3月13日に東京高裁で判断が示される。やり直しの裁判の末、えん罪被害者が勝ち取った「無罪判決」もあるが、再審の壁は高くて厚く、簡単に開くことはない。明白な新証拠を被告人・弁護士側が示す必要があるからだ。また、日弁連が問題視する「証拠開示」と「不服申し立て」に関する規定がない「再審法」は刑事訴訟法が施行されてから70年以上変わっていない。
袴田事件の「5点の衣類」
この記事の画像(26枚)1966年、当時の静岡県清水市でみそ会社の専務一家4人が殺害され、従業員だった袴田巖元被告が逮捕された、いわゆる袴田事件。
袴田元被告に死刑判決が下された最大の根拠、それは事件発生から1年2カ月後に見つかった血だらけの服やズボン。犯行時に着ていたとされる「5点の衣類」だ。
裁判の途中、着ていたのは「パジャマ」から「5点の衣類」に変更された。袴田元被告は「自分の物ではない」と否定したが、静岡地裁は「犯行着衣」と認定した。
「無罪だったら…」忘れられない上司の言葉
ねつ造の可能性はなかったのか。
当時 最高裁の調査官を務めていた木谷明氏は、袴田事件を担当していた上司の言葉が忘れられないという。
元裁判官・木谷 明 弁護士:
「木谷さん、この事件は有罪ですよ。もしこれが無実だったら、私は首を差し出します。警察がこんな大掛かりなねつ造をすると思いますか」とおっしゃいました
木谷氏は、裁判所が「ねつ造はあり得ない」と思い込んでいたと指摘している。
袴田事件をめぐって弁護団は、1981年から裁判のやり直しを求めてきた。第一次再審請求は、静岡地裁が棄却、東京高裁も最高裁も裁判のやりなおしを認めなかった。
「再審開始」への高い壁
「再審」を開始するためには、「無罪などを言い渡すべき明らかな新証拠」が必要だ。
しかし、捜査機関に証拠を出すよう求めても、再審について定めた法律には「証拠開示」に関する規定がなく、どんな証拠をどのくらい持っているのか検察官に「開示」する義務はない。
小川 秀世 弁護士:
証拠開示について請求をしたら、検察官はなんて言ったかというと「何にも刑事訴訟法に規定がない。だから一切対応する必要はない」と
しかし、裁判のやり直しを求めた2度目の再審請求審で風向きが変わる。
2010年の協議で、検察側は、過去の裁判で明らかにしなかった捜査書類や写真を明らかにした。
元被告の姉・ひで子さん(2010年):
資料が何らかの形で、たとえ少なくても出てきたのは大変良いと思います
ターニングポイントとなった「裁判員裁判」
その後の協議では、裁判官も弁護士も存在すら知らなかった証拠が次々に明らかにされた。その数は600点以上。取り調べの録音テープも、その1つだ。
「手持ちの証拠があるなら示してはどうか」裁判官が促したのがきっかけだった。
小川 秀世 弁護士(2012年):
裁判所が、我々が申し立てた証拠開示に、何らかの動きをしたこと自体が初めてですからね。うれしかったというか、何があったの?という感じ。そんなこと考えていないですから、最初は
中には「5点の衣類」をより鮮明に写したカラー写真が含まれていて、捜査機関による「ねつ造」の疑いがあるとした静岡地裁の再審開始決定に結び付く一因となった。
元東京地検特捜部・副部長の若狭氏は、2009年から始まった「裁判員裁判」の存在を指摘する。
元東京地検特捜部 副部長・若狭 勝 弁護士:
国民が見て素朴に司法のやってることは受け入れられるのか。国民として信用できるのかという観点・視点が新たに加わってるんですよね。2009年から裁判員裁判を取り入れたことによって、大きな1つのターニングポイントが生まれたと思いますね
証拠の全面開示と審理の長期化
小川 秀世 弁護士:
開示される証拠は、袴田元被告にとって有利な証拠ばかりなんですよね。そういう意味では証拠開示手続きの根拠を明示するというのは重要なことですよね
信頼される司法のために証拠開示を求める弁護側に対し、全面開示には一定の懸念があると元検察官の若狭氏は指摘する。
元東京地検特捜部 副部長・若狭 勝 弁護士:
事件直後の関係者の供述というのは見誤り、判断違い、記憶違いなどがあって、結構矛盾するところが実際問題あるんです。そういうものが証拠開示で全部出てしまうと、この関係者の供述は信用できないんじゃないかという見方がされ、全体として検察の主張をしていることは信用性に疑義があると。本当の真犯人だったとしても、無罪になるケースが中にはあると思う
指摘されている再審法の課題は「証拠開示」だけではない。
小川 秀世 弁護士:
もう一つは、検察官の不服申し立て権があるということですよね。2014年の再審開始決定からずっと審理を続けているじゃないですか。そんなことはね、信じられないですよね
2014年、検察は静岡地裁の再審開始決定を不服として抗告し、9年たった今も結論は出ていない。(2023年3月8日時点)
元検察官の若狭氏も「審理の長期化」は避けるべきと主張している。
元東京地検特捜部 副部長・若狭 勝 弁護士:
人間がやるべきことなので、検察官にしても裁判官にしても、場合によっては過ちがあるんだと謙虚さを持つとしたら、もはや検察は再審の土俵で闘うべきであって、再審開始決定自体においてさらにまた最高裁に(抗告を)ということをしてはいけないと思います
半世紀を超えた裁判の行方は
そもそも証拠開示や不服申し立てに関する規定のない再審法。裁判官にも悪影響を与えていると元裁判官の木谷氏は指摘している。
元裁判官・木谷 明 弁護士:
1年も2年も放っておけるんですよ。別段、誰からも文句出てこないんですよ。当事者は審理を急ぐよう言うけれど、裁判官はそのうちに転任してしまいます。また新しい人が来て、放っておけと。内容をちょっと読んでも、これは面倒くさいから放っておけと、平気で延ばせるんですね
日弁連は、2月21日に再審法の改正を求める意見書を32年ぶりに取りまとめ、法務省などに提出した。
元東京地検特捜部 副部長・若狭 勝 弁護士:
再審の問題は、これまでずっと開かずの門と言われていたのが、かなり光を当てられてきてると思うんです。光が当てられたいま、もう一度きちんと分析・検証して今後の再審のあり方を考える良い契機・時期になるだろうと思います
事件発生から57年目の袴田事件。
その再審の判断は、裁判のあり方、刑事司法全体に大きな問いを投げかける。
(テレビ静岡)