ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから1年が経過したが、いまだ停戦の見通しはたっていない。戦闘の長期化が言われる中、ウクライナから避難して鹿児島で働くことを決めた若者、そして、ウクライナに何度も通い、支援を続ける鹿児島市出身の男性は今、何を思うのかを追った。

鹿児島で働く決断 いずれは家族を日本に

2022年2月24日で、ロシアが軍事侵攻を始めてから1年がたった。ウクライナをあとにした人は、人口の3割に当たる1,300万人を超えると言われ、鹿児島県内でも21人が避難を余儀なくされている。

福岡の大学に通うカテリナ・グレバさん(22)は、いまだ停戦の兆しが見えない中、鹿児島で働くことを決めた。

カテリナ・グレバさん:
(侵攻当時)キーウに住んでいて近くの村に逃げた。怖かった。人々はパニックになって

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キーウ出身のカテリナさん。日本のアニメが好きで、ウクライナの大学では日本語を専攻していた。侵攻直後の2022年3月、通っていた大学と提携を結んでいた福岡の大学に避難民学生として入学。日本での1人暮らしはもうすぐ1年を迎える。

そんなカテリナさんはこの春、大きな決断をした。戦火の祖国ではなく、日本の会社で働くことを決めたのだ。就職先は鹿児島市の食品卸会社で、広報担当としてウェブデザインなどの仕事に就く予定だ。

カテリナ・グレバさん:
一番の理由は日本に住みたい、日本を中からわかりたい、もっと知りたい。(内定もらえて)本当によかった。うれしくて少し泣きました

カテリナさんが日本で働くことを決心した一番の理由は、今もふるさとに残る家族の存在だった。侵攻前、一緒に暮らしていた母親と弟は、今もウクライナに残っている。侵攻後は電話でのやりとりしかできていない。

カテリナさんの家族
カテリナさんの家族

カテリナ・グレバさん:
本当に(家族に)会いたい。1年間も見なかった。だから、少しさみしい、抱きしめたい

カテリナさんは、鹿児島で生活の基盤を築いたあと、いずれは家族を安心な日本に呼び寄せたいと考えている。そんなカテリナさんに、元に戻らないふるさと・ウクライナに今思うことを聞いた。

カテリナ・グレバさん:
それはちょっと難しい(質問)です。最初(にやるべき)ことは国を治す。戦争が終わって、(国同士が)嫌いな状態から落ち着くことが必要だと思う

カテリナさんの片言の日本語には、いがみ合い、戦争を続ける両国に対して強いメッセージが込められているように感じた。

「終わりが見えない現地」 癒えることのない心の傷

2022年5月にウクライナで撮影された映像に映っている男性は、鹿児島市出身の関雄貴さん(32)。日本とアメリカを拠点に広告代理店を営む関さんは、2022年、ボランティアで3度ウクライナを訪れ、支援物資を届けた。そして2月、4回目のウクライナ入りを控えた関さんに話を聞いた。

鹿児島市出身・関雄貴さん:
この1年はあっという間。現地にいる方は終わりの見えない状況。途方もなく、長い1年だと思う

破壊されたウクライナの町と、日本での日常生活。両国を行き来してカルチャーショックを覚えながら、関さんは終わりの見えないウクライナ情勢に不安を募らせていた。

破壊されたウクライナの町
破壊されたウクライナの町

鹿児島市出身・関雄貴さん:
戦争の終焉(しゅうえん)というか、区切りが見えづらくなっている。状況は変わっていない、今後もずるずる長引いていくのかと心配

今回の訪問では、難民の支援や飼い主を失ったペットを保護する活動をしているという。関さんは改めて「鹿児島県民としても、日本人としても、今回のウクライナ情勢は人ごとではなく、意識が高まっていけばいい」と語った。

ウクライナの現実を見つめてほしいと関さんは願う。だがその一方、ウクライナからの避難民・カテリナさんは対極の感情を抱く。

カテリナ・グレバさん:
ウクライナについて情報をあまり調べていない。これ(戦争)はきついことだから、その情報を見ると悲しくなる。メンタルがよくなくなるから、あまり見ていない

傷ついたふるさとを目にするつらさ。カテリナさんの心の傷は、1年たっても癒えることはない。

ロシアのウクライナ侵攻から1年。戦地に寄せる思いは違っても、関さんも、カテリナさんも共に、戦争が終わる日を待ちわびている。

(鹿児島テレビ)

鹿児島テレビ
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