「ザ・おやじファイト」というアマチュアボクシング大会をご存じだろうか?30歳以上のボクシング経験者かボクシングジムの練習生ならば、誰でも参加可能。「男としてもう一度輝ける場所」を求め、おやじたちが拳を交えるリングに金沢市の51歳の男性が挑んだ。

おやじボクサーはクリーニング店の店主

金沢市でクリーニング店を営む宮田治郎さん。

この記事の画像(58枚)

この地に店を開いて20年、妻の良子(りょうこ)さんと二人三脚でやってきた。

洗濯物を仕上げるアイロン台は…ピカピカだ。

稲垣真一アナウンサー:
きれい好きなんですか?
宮田治郎さん:
きれい好きです。きれいにするものは、やっぱり汚いとこでは仕上げられないですからね…

そんな彼が挑むのが「ザ・おやじファイト」だ。

2006年にスタートしたボクシング大会。これまで1000人以上のおやじたちが、背負ってきた人生をリングの上でぶつけ合ってきた。

宮田さん:
お客さんに言われますよ。「まさか、あなたがこんなことしとるとは思わんかった」って。「そういう風に見えん」って、言われました。 

夢破れるも…思いは再びボクシングへ

実は宮田さん、長年くすぶっていた思いがあった。

宮田さん:
20歳前ぐらいから東京に行ってプロボクサー目指してました。兄弟にも誰にも何も言わずに、カバン1つで出ていったんです。

世界チャンピオンの鬼塚勝也(おにづかかつや)さんに憧れ、プロボクサーを目指して19歳で上京。しかし、厳しい練習に耐えられずプロのリングには上がれなかった。

宮田さん:
本当に父ちゃんにも母ちゃんにもすごい迷惑かけたなと思っています。親になってよくわかりますけれど…

宮田さん:
行ってきます。

宮田さんは、週に2回、仕事が終わった後に小松市のボクシングジムに通っている。

宮田さん:
遠いんですよ…本当に遠いわ。若いころ運転なんて全然苦でもなかったんですけれどね…

朝6時から目いっぱい働いた後、小松まで約40キロの道のり。

リングに上がると、店での優しい表情が一変する。

若き日の挫折から25年以上経ち、去年秋から再開したボクシング。きっかけは、テレビで見たパラリンピックだった。

宮田さん:
自転車の女性の選手が50歳くらいだったんですけれど、競技終わってから金メダルでフラフラになって自転車から降りて色んなインタビュー受けてて「私、まだまだ伸びしろしかないのよ」って言ってました。すっげーと思って…

宮田さん:
50歳っていう…なんていうんですかね、節目ですよね。もうこの後になったら多分、自分体動かないだろうなと思ったのもありますし、この歳で精一杯できることっていうか、それで自分にも納得したいし、満足したいし。それでボクシングを、もう1度ボクシングを始めようと。

今年4月、初めてリングに上がった宮田さん、見事TKO勝利を納めた。その実績が評価され、タイトルマッチが組まれたのだ。

しかし、勝っても負けても宮田さんはこの試合を限りに引退する。

「ボクシングをやるのは、1年間だけ」

それが妻・良子(りょうこ)さんとの約束だったからだ。

宮田さん:
大事な人の約束があるんで、こればっかりは譲れないです。やっぱ1番ね。身近で大事な人を裏切るわけにいかないんで…そういう約束でさせてもらっているんで。

試合前夜。

宮田さん:
バンデージをいつも使い終わったら自分で洗濯するんですけど、乾いたら妻が巻いてくれるんですよ…巻き係です。

良子さん:
しなくていいよって言われたんですけど、巻きたいんです。

良子さんは、夫の体を心配しながらも支え続けてきた。

良子さん:
色んな人に応援して頂いている主人は、幸せな人だと思いました。だから皆さんの応援・期待に応えられる試合をしてほしいです。それだけです。頑張って。
宮田さん:
ありがとう…
良子さん:
あ、あんまり頑張ってって言っちゃいけないのか…

最初で最後のタイトルマッチ

タイトルマッチ当日。

宮田さんの目は、闘う男そのものだった。

宮田さん:
やることはやったんで、精一杯リングの上でやるだけです。

リングアナウンサー:
まずは青コーナーより、宮田治郎選手の入場です!

相手は55歳ながら、防衛実績十分の関西チャンピオン。

宮田さん:
花が咲くか、花が散るか。どちらかといえば、満開の花が咲いて終わりたいですね。

人生、最初で最後のタイトルマッチ。運命のゴング。

開始早々、チャンピオンの強烈なパンチが次々とヒット。それでも宮田さんはひるまず拳を返す。

宮田さん:
本当は自分だけの中でも納得して試合に挑もうと思ってたんですけど、皆さん、本当に応援してくれるんで、もうみんなのためにも頑張らんなと思って…

しかし…

ガードが下がった瞬間、チャンピオンの右フックが直撃。

ゴールデンボーイジム 金子謹也会長:
頑張るぞ!ここは頑張れ!ここを頑張れば絶対取れる!

宮田さん:
1回立ち切って、もうボクシングも絶対しないだろうと思って…でも、この気持ちをどうしても抑えることができなかった…

51歳、まだまだやれる。自分の可能性を信じて挑んだ一年間の、集大成。

しかし…

無念のレフェリーストップ(3R TKO負け)。

宮田さん:
くっそ…ごめんなさい。
金子会長:
いや、仕方ない仕方ない
宮田さん:
申し訳ない…

宮田さんの挑戦は、悔し涙で幕を閉じた。

宮田さん:
自分はまあ、ここで精一杯…納得いったのかいかなかったのか分からないですけど、間違いなく精一杯やったなと思います。

宮田さん:
悔しいっすけどね…すっげえ悔しいですけれど…

死闘の果ての新たな一歩

試合翌日。

稲垣アナ:
きょうはピシッとした…
宮田さん:
仕事ですからね

きのうの激闘を物語る、大きなアザ。

しかし…

宮田さん:
いつも見慣れた風景なんですけどこの晴れた青空と山の方がオレンジがかって…すごくキレイな風景見て、すっきりした気分になりました。

宮田さん:
51歳からの新たなスタート。大したことないんですけどね、皆やってることですから…とりあえずまた仕事一生懸命やって、また一生懸命になれることを探せればと思います。

おやじボクサー、宮田治郎。新たな一歩を踏み出した彼を祝福するように金沢には珍しい冬の太陽が輝いていた。

(石川テレビ)

石川テレビ
石川テレビ

石川の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。