芸術のノーベル賞と言われる高松宮殿下記念世界文化賞を受賞した日本人建築家ユニットSANAA。その名を世界に知らしめたのが金沢21世紀美術館。「美術館らしくない敷居の低さ」が設計のテーマだったという。

“街は美術館”、“美術館は街”

金沢21世紀美術館(石川・金沢市)は妹島和世さんと西沢立衛さんがSANAAというユニットを組んで手がけた初期の作品だ。これまでの来館者は3000万人を超え、リピーターも多い。なぜ、こんなにも人々に愛されているのだろうか?

金沢21世紀美術館(石川・金沢市)
金沢21世紀美術館(石川・金沢市)
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西沢:「従来の美術館は専門家とか美術愛好家とかそういう限られた人たちに開かれたものだったのに対して、金沢21世紀美術館は、たとえ美術に興味がない人でも来ることができる“普段着で来られる美術館”、“敷居が低い美術館”にというスローガンがありました。それがそのまま建築になったので親近感があるのかと思います」

妹島:「“街は美術館”だし、“美術館は街”と提案しました。美術館だけが切り離されずに、街と共にあり、美術館の中もその延長になる、というようなことを考えました。建築ですから、雨や風をしのぐために境界がきちっとできるわけですが、全部が厚い壁よりは、ガラスのほうが視覚的に見えますし、外から見ても何となく連続性を感じられるような建物を造りたかったのです」

確かに360度ガラスなので、外から見ても、中から見ても、内部と外部の風景が柔らかに重ね合わされて映しだされ、見事に“街の延長”になっている。さらに、円形の建物を貫く廊下をいくつも作ったことで、訪れた人たちは内部にいても開放感があり、より街を巡る感覚に浸れる。

妹島:「開かれた、色々なことが起こる場所がいいかな、と思って、色々な人が好き好きに時間を過ごせて、同時にみんなでこの場所を造ってるな、と感じられる場所を心がけました」

村祭りみたいな空間を

西沢「われわれが造る建築は、色々な人が集まる、民主的で大衆的な建築です。ヨーロッパと違うな、と思うのが、みんな平等というか、みんな混ざるっていうか、村祭りみたいな感じでしょうか。お侍さん、お百姓さん、犬、ねこ、そんな感じがする、訪れた人が思い思いの時間を過ごせる空間が広がっています」

美術館の外にある、開館10周年記念にSANAAが制作した「まる」は、まさに“村祭り気分”を味わえるオブジェだ。雲のような形だが、実は16個のステンレスの半球が集まり、一つの“まる”が作られている。

開館10周年記念にSANAAが制作した「まる」
開館10周年記念にSANAAが制作した「まる」

ピカピカな球面に映し出される空、太陽、木々。天気や季節、時間、それにどこから見るかで映る景色が変わり、たくさんある球面に、自分たちも、周りの人たちも映り込んで、何とも楽しい。

球面に映る空とリアルな空を重ねて、ちょっとしたアーティスト気分も味わえる。

また、この作品は中に入ることも出来て、入ってみると内側の球面にも風景が映り込む、外から見るのとはまた違う、不思議なシルバーの宇宙的な空間が広がっている。

何げなく芝生に置かれている、このしずく形のかわいいシルバーのチェアも実はSANAAのデザインによるもの。

西沢:「街の一部になるかどうか、街の新しい財産を造る。周りの人が関心を持ってくれる開かれた建築だったらいいし、かつ、周りの人たちに愛される、受け入れられると最高です」

西沢氏の希望する通り、暗くなってからも、アート作品を見に来る人あり、周囲をランニングする人あり、と二人の作品は、街の一部として受け入れられ、金沢の風景に溶け込んでいた。

アートの島でみんなを出迎えるSANAA作品

実は、金沢21世紀美術館以上に、風景に溶け込むSANAA作品が瀬戸内海に浮かぶアートの島として知られる直島の玄関口・宮浦港にある。「海の駅なおしま」だ。

海の駅なおしま(香川・直島)
海の駅なおしま(香川・直島)

高松からフェリーで約50分。船上から見ると、思わず「どれがSANAA作品?」と探してしまうぐらい、シンプルなたたずまい。

 
 

水平に大きく広がる屋根は薄い鉄板で軽やかに見え、その屋根を支えるのは細いポールのみ。このため、外と中、という境界線も特になく、開けた空間が心地いい。

観光協会の人によると「建築に造詣が深い観光客の方が多いせいもあるかと思いますが、こんな細い柱で、よくこんな大きな屋根を支えているのね、と関心を持つ方もいらっしゃいます」とのこと。

「暗い感じがするけど、入ると明るいんですよ」という妹島さんの言葉通り、チケット売り場や売店などはガラス張りの箱の中に収めた形になっている。天井までの高さがある鏡仕立ての壁面があちらこちらに配置され、全体的に透明感がある。

このフェリーターミナルから5分ほどのところに建てられている「直島港ターミナル」も、この記事を読み進んできた方なら一見しておわかりの通り、SANAA作品。

妹島:「ちょっと色が黄色くなってしまっているのですが、待合室として、自転車などが置けるように作りました」

直島港ターミナル
直島港ターミナル

筆者がここで取材をしていると、地元の人から声をかけられた。「SANAAさんの作品なので写真を撮っている」と説明すると「最近も賞を取ったでしょう?」とおっしゃるので「世界文化賞ですか?」と聞くと「それそれ」と誇らしげな様子。

世界文化賞受賞記念の建築講演会で妹島さんは「建築を周りの環境にどう溶け込ませるか、どんな風景をつくっていくか、という試行錯誤の連続だった」と語った。西沢さんは「次第に地形や土地の歴史に寄り添ったり、流れを大事にするようになった」とSANAA27年の歩みを振り返った。二人の「誰もが思い思いに使える場所に」という思いは、金沢でも直島でも、そこを利用する人、そこに住む人にしっかりと伝わっているのである。

 
勝川英子
勝川英子

フジテレビ国際局海外広報担当。
報道時代にパリ支局長を経験。
2016年にフランスの国家功労勲章を受章。
2003年からフランス国際観光アドバイザー。
幼少期を過ごしたフランスをこよなく愛し、”日本とフランスの懸け橋になる”が夢。