那覇市出身の俳優、尚玄が主演をつとめる映画「義足のボクサー」が全国で上映公開された。主人公のモデルになった男性と主演の尚玄さんに、製作秘話や映画に込めた思いを聞いた。

実話に基づいたストーリー…感銘受けた俳優が映画企画

映画「義足のボクサー GENSAN PUNCH」は、ボクシングの才能がありながらも、義足により、日本ではプロの資格が認められなかった青年が、フィリピンでプロボクサーを目指す実話に基づいた作品。

この映画は、沖縄県出身の俳優・尚玄さん自身が企画を立ち上げ、世界的に有名なブリランテ・メンドーサ監督に売り込んだことで製作がスタートした。

この記事の画像(12枚)

主人公を演じる 尚玄さん:
土山くんと出会ったことから始まるんですけど、いろんな話を聞いて、僕はすごく感銘を受けて。それで、いつかこの話を映画にしたいなって話したのが8年ぐらい前でしたね

主人公のモデルになったのは、尚玄さんの友人でもある長崎県出身で沖縄在住の土山直純さん。
現在はボクサーを引退し、沖縄県内を中心に飲食店を経営している。生まれつき障害があった土山さん、は幼少期に右足のすねから下を切断し、義足になった。

主人公のモデルになった 土山直純さん:
運動神経は、自分で言うのもあれですけど、すごく良かったと思います。スポーツは大体遊びで、何でもやってました

持前の運動神経のよさを活かして高校からボクシングを始め、卒業後は沖縄のジムでプロを目指して練習に励んでいた。

主人公のモデルになった 土山直純さん:
自分のアイデンティティじゃないですけど、自分を表現する場がボクシングだったって感じですかね

しかし、日本では実力があっても義足の選手にプロライセンスが認められることはなく、土山さんはフィリピンに渡った。

主人公のモデルになった 土山直純さん:
フィリピンはボクシングがすごく盛んで、結構ハードルが高くて。要は「日本で(ライセンスが)許可されなかったものが、何でフィリピンだったらいいと思っているんだ」みたいに最初言われて

それでも諦めなかった土山さんは、世界ボクシング協会の会長に直談判し、フィリピンの選手とのスパーリングを経て、その実力が認められたのだ。

主人公のモデルになった 土山直純さん:
一応、仮にプロライセンスをいただいて。でも、それが1試合限定のプロライセンスで、デビュー戦はやらせてあげると。でもそれに負けたら、もう一生あげられない。勝ったら続けていいよと言われた

その試合に勝利し、念願のプロボクサーに!

夢叶えるために海外に挑戦…生き様を若者に見てもらいたい

海外に渡って、自らの手で夢をつかみ取った土山さんの生き様。尚玄さんは感銘を受け、自分の人生を重ね合わせたという。

主人公を演じる 尚玄さん:
僕自身が日本人離れした顔をしているので、俳優を始めようと思ったときに、プロデューサーとかに「君の顔ではちょっと日本じゃ役ないよ」って結構バッサリ切られちゃって。
それだったら、別に日本に固執しないで、世界で求められるところで、俳優をやってやろうと自分が思ったので。そういうところが、やっぱり僕は共感、共鳴した部分じゃないかなと思います

夢を叶えるために海外に挑戦した土山さんと尚玄さん…2人の思いが詰まったこの映画を若い人達に見て欲しい。そう考えた尚玄さんは、母校の那覇高校で試写会を開催した。上映後は尚玄さんが生徒からの質問に応えた。

男子生徒:
この映画のために体を作ったんですか?

主人公を演じる 尚玄さん:
この映画のために、1年間ボクシングをやっていました。多分(学生時代の)部活より真剣にやっていたかもしれないですね。

さらに、製作の裏話も…

主人公を演じる 尚玄さん:
普通映画って、台本を最初に渡されて、それを一応俳優は読み込んでセリフを覚えたりするんですけど、この監督は俳優に一切渡さないっていう珍しいスタイルで。ボクシングのシーンも、監督がもうそれ決めなくていいから、とりあえずやってと言うだけだったんですね。正直怖かったですね。実際結構(パンチが)当たっています

困難を乗り越えたところに自分の目標が

主人公を演じる 尚玄さん:
困難は絶対にみんなあるんですよ。コンプレックスもみんなあるし、僕もいっぱいあるし。たくさんの傷もあるし。だから、それを乗り越えて何かやったところに、自分の目標が待っていると思うので。みんないろいろ大変なことあると思いますけど、諦めずに頑張ってください

女子生徒:
自分も将来夢に向かって走れる人になりたいです

男子生徒:
人と違うって言ったらあれですけど、義足の人でも道が開けるんだなと思いました。自分も頑張りたいなと思いました

映画「義足のボクサー」は、沖縄を皮切りに全国で上映される予定。

(沖縄テレビ)