2022年4月に引退を発表した、岡山・倉敷市出身でフィギュアスケートの田中刑事さん。20年間打ち込んできた競技人生を振り返る。
4月29日に開幕した氷上のエンターテインメントショー「プリンスアイスワールド」。岡山・倉敷市出身で、平昌(ピョンチャン)オリンピックに出場した田中刑事さんが、プロスケーターとして初めてのアイスショーに挑んだ。
田中刑事さん:
自分で折れずに最後までできたのは、これからの糧になると思う
“ライバル”を追って…夢のオリンピックに出場
あどけない表情を見せる男の子は、当時小学3年の田中刑事さんだ。1年生で競技を始めた少年は、この頃、すでに大きな夢を抱いていた。

田中刑事さん(当時小学3年生):
オリンピックの選手になって、オリンピックに何度も出たい

小学校の高学年になり、全国大会で活躍し始めた田中さん。そこで出会ったのが、同い年の羽生結弦選手だった。
2006年に地元の倉敷市で開かれた全国大会で、田中さんは羽生選手を抑え、2位となった。
田中刑事さん(当時小学6年生):
うれしいです

その後、田中さんは中学3年生で初めて全日本選手権に出場して8位。高校1年生の時には世界ジュニアで銀メダルを獲得するものの、シニア転向後はなかなか結果が出ず、ライバルの羽生選手の活躍に悔しさを感じていた。
しかし…
田中刑事さん:
羽生君が突きあがっていて、シニアの世界にあがっていったときには、僕と日野(龍樹)君が彼を追う構図になっていて、2人いたから腐らず、追わないといけない苦しさだったり、彼がすごく前進していたので。そういう時期を、一人ではなかったから頑張れたのかなと

田中さんは、フィギュアスケートについて「特殊なスポーツ」と話す。
田中刑事さん:
“一人でやるスポーツなのに、一人でやるスポーツではない”競技だと思っていて、改めていろんな人に支えられてやってきたのだと思う

そして、ライバルを追うこと4年。ようやくつかんだ夢の切符。平昌オリンピックに出場した田中さんは、ショートを20位で迎えたフリーで攻めの姿勢を貫いた。
4回転サルコウを決めた田中さん。
しかし、次の4回転では転倒。
それでも、トリプルルッツ+ダブルトウループ+ダブルループの3連続ジャンプを成功させた田中さんは、最初で最後のオリンピックを18位で終えた。
田中刑事さん:
(オリンピックは)自分をコントロールしきった者だけが、あの舞台で結果を残せると感じていて、メダリストだったり、良い演技をした選手が、結果そうだったのかと思う
支えてくれた人に感謝を…最後の滑り
5月8日、田中さんは自身の原点でもある倉敷フィギュアスケーティングクラブで、多くの仲間と競技生活最後の滑りを楽しんだ。

家族へ、支えてくれた監督・コーチ・仲間に感謝を込めて滑走する田中さん。

北京オリンピック・アイスダンス代表の小松原美里・尊ペアは、田中さんの振り付けを演技に…

小松原美里選手:
そのまんま突き進んで、さらに深みだったりとか輝きを増して、魅力的な刑事をもっともっと見たいと思う

小松原尊選手:
引退してからも応援したいし、一緒にどこ(どのイベント)でも頑張りたいと思う

会場には、クラブの先輩でオリンピックの銅メダリスト・高橋大輔選手も駆け付けた。
高橋大輔選手:
一度目の引退は同い年ぐらいだったので、よく頑張った方だなと。これから違う形でフィギュアスケート界を盛り上げてくれるのではという期待とで、すごく楽しみな気持ちです
幼い頃から指導してきた倉敷FSCの佐々木美行監督は…
佐々木美行監督:
もうちょっと見たかったが、新しい一歩というのは希望だなと思う

田中さんに「自分に点数をつけるなら?」と尋ねた。
田中刑事さん:
まだ採点中だと思う。今後も採点中だと思う。自分の中で終わった実感がない。だからこそ、次に進みやすかったのかと

田中刑事さん:
むしろステージも同じなのかもしれない。ちょっと目線が変わるだけ、視点が変わるだけかもしれない
これからは、プロスケーターと指導者の道を歩む田中さん。27歳の挑戦は続く。
(岡山放送)