北京オリンピックで、史上5人目となるトリプルアクセルを成功させた樋口新葉(21)。

彼女には、そこに辿り着くまでに流した、ふたつの涙があったことをご存じだろうか。

雪辱を誓った涙と歓喜の涙

2018年の世界選手権
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1つは4年前、強い想いで目指していた平昌五輪出場を逃した直後の、世界選手権。

失意の中リンクに上がったこの大会で、映画『007 スカイフォール』の曲に乗せ、力強くリンクを駆け抜けていくと、すべてのジャンプを成功。

2018年の世界選手権

クライマックスのステップ直前に、すべてをぶつけるような表情を見せ最後の力をふり絞ると、フィニッシュのあと力強くガッツポーズ。魂の演技で銀メダルを獲得すると、キスアンドクライでは大粒の涙が止まらなかった。

「自分に勝つっていう所であったり、(五輪落選の)経験を生かせるようにしたい…」

大会直後には4年後への雪辱を誓った。

さらに、「4年後にはどんな自分になっていたいか?」と尋ねると「負け知らず。自分に勝てるように、プレッシャーに勝てるようになりたい」と強い想いを語った。

“自分に勝つため”に、彼女が挑戦し続けたのが、トリプルアクセルだ。

「アクセル降りたらすごいみたいなところがあるので、そっち側に行きたい。すごい側にいきたい」

世界的には4回転ジャンパーとの闘いへと進化し始めた女子フィギュア界で、世界に喰らいつくために樋口が出した答えだ。

このトリプルアクセル、実は2016年からコツコツと練習を積み重ねていた大技。練習では転倒する度にリンクに打ち付けられ、「痛い」「冷たい」そんな言葉がこぼれたこともあった。

迎えた昨年末の全日本選手権。この積み重ねが大舞台で花開く。

五輪の代表選考会とあって、ただならぬ緊張感が漂う中での演技冒頭。バランスは崩したものの、トリプルアクセルを着氷。

2021年の全日本選手権

その後のジャンプも見事にまとめあげ、躍動感あふれるフリー演技“ライオンキング”を披露した。

キスアンドクライで得点を待つ瞬間「お願い、お願い、お願い!」と切なる想いを言葉にする樋口。そして高得点のスコアがアナウンスされた瞬間。

キスアンドクライで涙を流す樋口

口元を手で覆うと、天を仰ぎ「よかったぁぁー!!」安堵の言葉が漏れた。

悲願のオリンピック出場。雪辱を誓った涙は、歓喜の涙に変わっていた。

五輪でのトリプルアクセル成功を経て何が変わったのか

そして、ようやく辿り着いた夢舞台。

樋口新葉は、史上5人目となる五輪でのトリプルアクセル成功者となった。4年に渡る努力は、裏切らなかった。

本人の言葉を借りれば「すごい側」に辿り着いたこの結果を、どう受け止めているのか?世界選手権直前、彼女の元を訪ねた。

「本当に一番大きい大会で、目標だった大会で(トリプル)アクセルを2本入れられたのはすごく良かったなというふうに思います。でも、アクセルだけだったので…。アクセル跳んで、その次のジャンプをフリーでも失敗しちゃったので、そこが一番悔しいです」

返ってきたのは「悔しい」という率直な言葉。その原因は、トリプルアクセル成功直後の、コンビネーションジャンプにあった。

最初のトリプルルッツで軸がずれ、次のジャンプで転倒。

アクセルを成功させた直後の樋口に何が起きていたのだろうか?

「ほぼ気持ちの面なんですけど。アクセル降りて、ちょっと不安になったというか、降りてその後の動きというか、流れがちょっと焦ったというか、そういう感じがありました」

――降りた後の方が不安ですか?
そうですね。

――どういうことでしょう、それは。キターッてならないんですか?
キターッてなっちゃうのがあまり良くなくて。本当に、ショートの時よりもフリーの時の方が怖かったというか。結構そういう、流れが変わってしまう不安があったので、本当に頑張って、ショートの時より頑張って降りた感じがあって、「降りれた」って思ったら、その次のことが考えられなくなったので、そこが良くなかったと思います。

トリプルルッツの練習に励む樋口

こう語った樋口は、世界選手権を直前に控えた練習で、時間のほとんどをアクセルではなく、トリプルルッツに費やした。質の高いコンビネーションジャンプを跳ぶために、助走やつま先をつく位置を、何度も入念に確認した。

アクセルの後をどういうふうに繋げていくかっていうのを今練習しているので、そこが一番オリンピックから世界選手権までの成長ポイントというか、自分が修正していきたい所なので、絶対にそれは外したくないと思います」

すべては五輪での過ちを、繰り返さないための備えだ。

トリプルアクセルのその先へ

樋口は4年ぶりの世界選手権に、トリプルアクセルの先にある答えを求めて、挑むことになる。

五輪で果たせなかった“ノーミス演技”を実現できれば2014年の浅田真央さん以来の、日本人選手による金メダルも視野に入る。

一番上に行きたい気持ちが本当に強くあるんですけど、ただ自分が持っているものを全部出し切らないといけないし、それ以上を求められると思うんですけど、本当に練習以上のことができないので、やっぱり」

「本当に練習で、しっかり自信がつくような練習をして、オリンピックみたいにいろんなことを考えずに、のびのび滑れたらいいなと思います」

――一番上に行きたいという気持ちも秘めているわけですね。
秘めています(笑)。

心の内にある決意を語った樋口。

今大会はロシア勢が不在の中、日本のライバル・坂本花織、河辺愛菜、そしてアメリカ勢、韓国勢との争いになる。

練習に励む樋口

「結構、みんなが同じレベルというか、誰が勝ってもおかしくないっていう状況の中で試合に出させてもらえるので、その中で誰が勝つか分からないみたいなところが面白いですね」

「とにかく、自分のできることを全部出し切りたいなとは思うので、それが出来たら本当に結果が付いてくるんじゃないかと思います」

樋口のフリー「ライオンキング」は、リンクを目一杯に使った、スピード感と躍動感にあふれる壮大なプログラムだ。楽曲の世界観を体いっぱいに表現する様は、樋口に新たな世界を切り開いた。

パワーあふれるダイナミックな演技を、ファンは待ち望んでいる。

――オリンピックの忘れ物じゃないですけど、もう一回世界の舞台で最高の演技を見せて欲しいです。
そうですね。オリンピックが一番いいのが理想でしたけど、世界選手権で一番いい演技をして、本当に自分の中で納得のいく演技ができればそれでいいので、本当にそれだけ、できるように頑張りたいです。

失意のどん底で雪辱を誓った涙から、4年の月日をかけ、ふたたび上がる世界選手権の舞台。

さまざまな経験をへて成長した樋口の想いが、渾身の演技となって発揮される瞬間が待ち遠しい。

世界フィギュアスケート選手権
フジテレビ系列で3月23日(水)から4夜連続生中継(一部地域を除く)
https://www.fujitv.co.jp/sports/skate/world/index.html