3月23日からフランス・モンペリエで開催される世界フィギュアスケート選手権。北京オリンピックの激闘からわずか1カ月、4年に一度の物語のすべてがこの大会で完結する。

先月の北京オリンピックで、日本フィギュア女子4人目のメダリストとなった21歳の坂本花織。

実はこの大会で、トリプルアクセルや4回転ジャンプなどの高難度ジャンプをする選手が激増していた。4年前の平昌オリンピックでは、トリプルアクセルを跳んだのはたった1人。しかし北京ではトリプルアクセルを7人が、4回転ジャンプにも3人が挑戦した。

ジャンプの高難度化は、強豪ロシア勢に限らず、世界的なトレンドとなっている。

しかしトリプルアクセルも、4回転という武器も無い坂本。彼女は、今できるジャンプで「最大限に加点をもらう」というスタイルで銅メダルを掴んだ。

坂本 ジャンプの出来栄えの良さ

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「いろんな人から『努力が報われてよかったね』と言ってもらえて。そう言ってもらえるのが本当に1番やっぱり嬉しくて。やっぱりちゃんとやっていれば見ている人は見ているんだなって感じだし、そうやって成績残しても、いつも通り接してくれる友達も、すごくいいなって感じました」

北京オリンピックで、ショートとフリー合わせて10回のジャンプを全て決め、銅メダルを獲得した坂本花織。

高難度ジャンプに挑み高い基礎点を目指す選手が多い中、坂本は「最大限の加点(GOE/出来栄え点)をもらって戦う」という武器で、表彰台に上り詰めた。

坂本が実際に得た出来栄え点の凄さは、ショート・フリーのジャンプ要素のみのスコアを見るとよく分かる。

回転数や難度による基礎点は、金メダルのシェルバコワが3番目(81.99)、銀メダルのトゥルソワが1番目(102.20)だが、銅メダルの坂本は7番目(65.27)。

一方で、ジャンプの出来栄えで判定されるGOE(出来栄え点)は、ほとんどの選手が一桁以下の中、シェルバコワの+19.65に次ぐ、2位の+16.38だ。3位が7位のアリサ・リュウが出した+4.72と考えると非常に高い点数であるということがよく分かる。

トリプルアクセルの基礎点(8.00)2つ分もの加点を稼ぐことができたポイントを、プロスケーター・無良崇人さんはジャッジが3つの項目で「良いジャンプ」と評価したからだと分析する。

坂本以外誰もなし得なかった最高評価

ジャンプ要素のGOE採点基準を要約すると、以下6つが基準となっている。

1)高さ・距離が非常に良い
2)良い踏切と着氷
3)開始から終了まで無駄な力が全くない
4)ジャンプ前のステップ・予想外または創造的な入り方
5)ジャンプ中の姿勢が非常に良い
6)要素が音楽に合っている

無良さんはこの要素のうち、1〜3が高く評価されたと語る。

「ジャッジから見て『良いジャンプ』という評価を得るための項目が6項目ありますが、その中の1〜3、「高さや幅」「跳ぶ瞬間と着氷の流れの良さ」などで良い評価が得られたのが大きかったと思います」

ジャッジたちは、ジャンプを上記6つの項目に当てはめて、最高でプラス5の加点をつけるが、無良さんが指摘する1~3の項目を、とりわけ重要視している。

北京五輪ショートプログラム冒頭のダブルアクセルでは、無駄な力もなく、高さ・距離があって、踏切と着氷も完璧。

このジャンプに関する採点表を見ると、9人のジャッジのうち5人が、最大の評価である+5を付けていた。(※GOEの採点は「+5」〜「−5」まで)

坂本は今大会ジャンプで14個の「+5」をもらったが、実は坂本以外誰も「+5」をもらえてない。この結果を伝えると、「シェルバコワも、4がMAXってこと?えー、カオだけ?カオだけ?あらまあ…(笑)」と驚きと喜びを隠せない様子だった。

更に無良さんが注目したのは、着氷の美しさだ。

「着氷した瞬間を見てもらうと、ほとんど氷が上に散ってないんですよね。ジャッジから見て『クリーンな着氷だな』『良いジャンプだな』という印象を与える一つの要因になっています。

ジャンプの勢いのまま着氷しようと思うと、つま先が先行して氷についてしまうのが大体のパターンなので、つま先を接地させずにエッジだけで降りてくるのは、コントロールが至難の技です」

坂本のジャンプ 驚きの低さ

そして坂本のジャンプの数値から、意外な特徴を見つけてくれたのが、桐蔭横浜大学大学院スポーツ科学研究科の桜井智野風教授だ。

リアルタイムでジャンプの「飛距離」「高さ」「着氷速度」を計測する世界初の技術・アイスコープ(Ice scope)で計測したデータから、去年12月に行われた全日本選手権2021で演技で、櫻井教授は「低さ」に目をつけた。

「速いスピードで踏み切っているんですけど、角度が他の選手と比べて“低い”んですね。だいたい16度。他の選手に比べて2度くらい低いんです」

スピード、高さ、飛距離では平均値を上回っている坂本のジャンプだが、飛び出すときの角度は低くなっていることが判明した。飛び出しの角度が低い分、着氷の難度はあがると桜井教授は続ける。

坂本のジャンプ(青)と平均的なジャンプの奇跡イメージ(オレンジ)の比較
坂本のジャンプ(青)と平均的なジャンプの奇跡イメージ(オレンジ)の比較

「坂本選手は速く飛んで速く降りているので、ジェット機(と同じ)だと思います。ジェット機は着陸が上手くないと綺麗に見えないのと一緒で、坂本選手は難しい着地をしている。やっぱりダイナミックなんでしょうね。ダイナミックな中に繊細な着氷がある」

またこの坂本の特徴でもある流れるようなジャンプには、直前のスピードも関係していた。

「氷の上から跳ぶときのスピードが、時速27.8キロ。他の選手に比べると、3キロ以上早いんですね。そして、着氷も時速18キロ出てますから。他の選手がだいたい時速13キロなんで、5キロくらい早い。減速が少ないジャンプです」

スピード全開で高く飛び上がり、飛距離を大きく出す。そして低い飛び出し角度による難しい着氷も美しく決める。

これが坂本のジャンプの“強み”だ。

「満面の笑みで一番上に立ちたい」

そしてこの“強み”のアピールは、北京オリンピックの試合本番より前から始まっていたという。

通常の大会だと短時間しかない公式練習だが、オリンピック期間中は何度も練習が行われる。そしてその練習をジャッジが見ていたこともあったと坂本は振り返る。

「毎回やっぱりジャッジさんとか見ているときは、特に降りた姿勢を気をつけて見せたりとか。大きくて、幅もあって、流れのあるジャンプを、ひたすら(練習の)35分間見せ続けていたという感じで。3週間それをやり通していました」

北京オリンピックで見せつけた坂本花織にしかできない、磨き抜いたジャンプとその陰にあった工夫と努力。メダリストになった後も、目指すものは何も変わらない。

「『このやり方でやってきて良かったな』って凄く思います。自分の良さが溢れ出るようなスケートが年々できるように、もっともっと頑張っていきたいなと思っています」

自身3度目となる世界選手権はまもなく始まる。2019年は5位、2021年は6位と不本意な結果に終わった。

「いつも世界選手権は、不完全燃焼で終わっているので、そろそろ完全燃焼で終わりたいです。オリンピックでチャンスをつかんだので、もう一回やっぱり獲りたい。金メダルを獲りたいというのはすごくあります。

満面の笑みで、一番上の、台の一番上のところに立ちたいなと思っています」 

世界フィギュアスケート選手権
フジテレビ系列で3月23日(水)から4夜連続生中継(一部地域を除く)
https://www.fujitv.co.jp/sports/skate/world/index.html

フィギュアスケート取材班
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