毒キノコと聞くと、「食べるのは危険」と思い浮かぶが、ニホンリスはこんなキノコも食べることができるという。その様子を写真とともに紹介する、Twitterの投稿が話題となっている。
ニホンリスが、ベニテングタケなどの毒キノコをよく食べていることを、@kyoju53さんの美しい写真とともに報告した短い論文を発表しました。興味深いことに、同じリスが数日間に渡りテングタケ属の子実体を食べ続けており、「毒キノコ」を安全に摂取できるようです。https://t.co/qdCBwHhfxK pic.twitter.com/kGN5L9EIqS
— 末次 健司 (@tugutuguk) December 6, 2021
ニホンリスが、ベニテングタケなどの毒キノコをよく食べていることを、@kyoju53さんの美しい写真とともに報告した短い論文を発表しました。興味深いことに、同じリスが数日間に渡りテングタケ属の子実体を食べ続けており、「毒キノコ」を安全に摂取できるようです。
このコメントと共に投稿された写真に映るのは、テングタケを食べるニホンリス。

投稿したのは、昆虫やキノコの自然史が専門の、神戸大学大学院理学研究科の末次健司准教授(@tugutuguk)。
発表した論文のタイトルは「有毒なキノコを消費するリス」で、森に年に300日以上通い、多い日には1日に1000枚以上のリスの写真を撮影するというアマチュア写真家の五味孝一さんと、末次准教授の共著だ。
ふたりはTwitterを通じて知り合ったそうで、この研究では五味さんが撮影・観察を行い、末次准教授が考察した。
論文では「私たちは、ニホンリスがベニテングタケだけでなく人間に有毒である他のテングタケ属の種を日常的に食べていることを観察した。同じ個体のリスが数日間にわたって毒キノコを食べに戻ってきていることから、リスは「毒キノコ」を安全に摂取できるようだ。」「観察結果をもとに考えると、テングタケ属は、胞子の生存に悪影響を与える動物に食べられるのを防ぎながら、毒素に耐性のあるリスとは生存可能な胞子を運んでもらう共生関係を結んでいる可能性がある」などと紹介している。

人間には有毒でまれに死に至る危険性もあるキノコを、ニホンリスは食べることができる。この投稿にTwitterユーザーからは、「リス凄い」「なんで死なんのか」「知らなかった」と驚いたというコメントが多く寄せられ、1万9000いいねが付いている。(12月23日時点)
体内で消化されずに排出される可能性
毒キノコに“毒”があるのは、食べられるのを防ぐためと考えられているというが、なぜニホンリスは食べることができるのだろうか?
五味さんと末次准教授に話を聞いた。
ーー毒キノコを食べていると知った経緯を教えて
五味孝一さん:
定年退職したのを機に故郷の長野県に帰り、ふとしたきっかけで野生のニホンリスが近くに生息していることを知り、その写真を撮り始めてから7年になります。
写真を撮り始めて1年目にドクベニタケを食べるリスを初めて見ました。2年目に毒性の強いテングタケを食べているのを見ました。毒キノコを食べるリスを狙って撮っているわけではなく、移動するリスを追いかけて行ったら、たまたまキノコがあって食べるシーンが撮れたというケースが多いです。

ーー初めて見た時、どう思った?
五味孝一さん:
ドクベニタケを食べるのを見た時にもそれなりに驚きましたが、このキノコは毒性があまり強くないので、そんなこともあるのかなと思っていました。
ところが、毒性の強いテングタケを食べているのを見た時には、本当に驚きました。食べていたリスが死んでしまうのではないかと真剣に心配しましたが、翌日もまた次の日も元気に食べに来ているのを安心しました。
何者かにかじられた毒キノコはそれまでにも目にすることがありましたが、まさかリスが食べているとは思いもよりませんでした。

ーー食べていた毒キノコの種類を教えて
五味孝一さん:
ニホンリスの主食はクルミや栗などですがキノコが好きなようで、樹上や地上でキノコを見つけると足を止めて食べています。これまでに食べているところを確認した毒キノコは、ドクベニタケ、テングタケ、ベニテングタケ、コガネテングタケなどです。
ーー人間が食べるとどうなる?
末次健司准教授:
幻覚成分である毒が知られています。重篤な中毒になると、せん妄、幻覚、痙攣などの症状が現れ、ごくまれに死に至ることもあるようです。ちなみに、ベニテングタケの中毒症状(大きさの視覚的な歪み)が「不思議の国のアリス」の元のネタと考えられているそうです。
ーー論文から、どういうことが考えられる?
末次健司准教授:
リスはテングタケを食べ物として利用できるような適応を遂げている一方で、テングタケ属のほうも、リスには胞子を散布してもらえるので食べられてもOKという助け合いが起こっている可能性があります。
助け合いの可能性があるとはどのようなことかというと、テングダケの仲間はリスの食糧となる代わりに、胞子が体内で消化されずに排出され、糞として排出されることで生息域を広げるという関係である可能性があるということです。その場合、動けない毒キノコは分布域を広げることができるのでメリットになります。
今想定しているのは、毒キノコを食べることができるリスのような動物は、生きたままの胞子が含まれている糞をするが、食べるとダメージをうける人間のような動物は、もし食べた場合は消化管を通過する間に胞子が死んでしまうのではないかということを考えています。
もちろんリスにとっても少しは毒があることは十分に考えられます。たくさん食べるとおなかを壊すならば、少しずつ食べるでしょう。そうすると、1箇所のみに胞子が糞として排泄されることなく、少量ずつ散布される点で毒キノコにメリットがある可能性があります。

多くの人に知ってもらえたらと共同での論文化
ーー観察してみてどうだった?
五味孝一さん:
堀博美さんの著書「ベニテングタケの話」にトナカイがベニテングタケを好んで食べるという記述があったのを覚えていたので、ニホンリスも食べるのかと思いました。
末次健司准教授:
私が観察したわけではないですが、私自身非常に驚き、多くの人に知ってもらえたらということで、共同での論文化を提案してお引き受けいただいたという感じです。リスが食べている現象自体が面白いだけではなく、五味さんのように研究者顔負けの観察をされていることも本当に素晴らしいと思いました。

ーー今後も研究は続く?
末次健司准教授:
リスが胞子の運び手として活躍していることをきちんと証明するためには、それこそ糞の中から生存可能な胞子が見つかるかどうかチェックするなどの継続研究が必要です。機会があれば、このあたりも突き詰めた研究を行いたいですね。
ーー最後に、話題になったことをどう思う?
五味孝一さん:
末次さんから共著で論文にしたいと言われた時には、そんな価値があるのかと半信半疑でしたが、予想外の反響があり驚いています。リスを撮っている仲間と毎年、リス写真展を開いていますが、一昨年に初めてテングタケを食べるリスの写真を出品したところ、来場者が皆、驚いていました。地元の人も毒キノコをリスが食べるとは、思いもしなかったようです。
末次健司准教授:
予想以上にリツイートされてびっくりという感じです。またもう1件他からも取材いただきましたが、このように連絡をいただいたことが大きな反響があったことを物語っていると思います。
多くの人に知ってもらいたいということで、論文を書きましたので、その点では狙い通りという感じでしょうか。その一方で、これでリスと毒キノコの関係が完全に明らかになったわけではなく、前に述べた通り、今後さらなる研究が必要だと思っています。

人間には危険でも、ニホンリスは毒キノコを食べることができる。驚きの事実だが、なぜニホンリスだと食べられるのかについては、さらに研究が必要だという。今後どのようにして解明されるのか楽しみだ。