高知県出身の漫画家・やなせたかしさん夫妻をモデルにした朝ドラ「あんぱん」が大団円を迎えた。
ドラマでは妻夫木聡さん演じる八木信之介が柳井嵩(北村匠海さん)の詩を絶賛して様々な形で支えたが、実際にやなせさんの詩にほれ込み、雑誌『詩とメルヘン』の出版などで力になったのが、キティちゃんで知られるサンリオの創業者・辻信太郎さんだ。
伝記が明かす2人の知られざる関係
今年3月に発売された伝記『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(文藝春秋)では、これまでほとんど知られていなかった2人の関係についても掘り下げられている。

執筆したのは作家の梯久美子さん。やなせさんのファンだった梯さんは、『詩とメルヘン』の編集部で働きたいと、大学を卒業してサンリオに入社。念願かなって入社2年目から、編集長のやなせさんの下で活躍した。

実は、1年目は社長室に配属され、辻さんの秘書を務めていたことを今回の著作で初めて公表した。その理由についてこう明かす。

「すごくいい会社だったんです。でも辞めた会社のことだし、あんまり書くのもな、という気持ちがあって公にしていなかったんです。やなせ先生の人生を書いていくと、辻さんとの出会いがものすごく大きかったことが改めて分かったので、『これは私しか知らない話もあるから、書こう』と思って書きました」
『詩とメルヘン』誕生秘話
梯さんによると、サンリオの初期の頃に、社長の辻さんがやなせさんの詩集を出したくて出版部門を作ったのだという。
「やなせ先生が、マグカップに絵をつけたものとかの展覧会をやっていて、辻さんがそこにいらしてお菓子のパッケージのデザインを依頼したのが始まりなんです」

「親しくなって、『自費出版で詩集を出してるんです』とやなせ先生がお見せになったら、『それはちゃんとした本で売った方がいい』と。『辻さんのとこ、出版部ないでしょう?』と言ったら、できたばっかりの小さい会社なのに、『じゃあこれから作ります』と」
戦争体験が結んだ二人の絆
辻さんがやなせさんを「高く評価して入れ込んだ」のには理由があるという。

「2人とも美しいもの、かわいいもの、ちょっとセンチメンタルなものがお好きというのはあったんですけど、それだけではなくて、2人とも戦争体験が元にあったというので共感して、『この人の詩集なら作ってみたい』と思われた」

辻さんは故郷・甲府市で空襲にあった時、身を伏せるようにして亡くなっている女性を見つけたという。
「赤ちゃんをかばって倒れていたそうなんですけど、赤ちゃんも、そのお母さんらしき人も亡くなっていた。大きな衝撃を受けて、『なんでこんな普通の人たちが殺されなければいけないんだろう』と思ったのが、サンリオのお仕事に繋がっていくんです」
「友達と仲良く…」サンリオ創業の理念
「サンリオって最初はギフト商品から始まっているんです。コップにイチゴの絵が付いているとか、そういう小さいものを、お小遣いで買えるようなものを贈り合って、そこに優しい言葉を添えて、ということを目指してサンリオを作った」
「やっぱり良いコミュニケーションが大事。お友達と仲良くする、意地悪をしない、喧嘩をしてもすぐ仲直りする。子供がそういうことを実践していくのが大事だと」
やなせたかしの創作と戦争体験
一方、やなせさんの作品と戦争体験について、梯さんには思うところがある。
「たくさん作家の人を知ってますけれど、戦争体験を世の中に訴えなきゃいけないと思った時に、どうしても暗い作品になってしまうんですね。戦争って暗いものですから、それも必要ですが、先生はつらい目にあったのに、前向きの明るい話をお書きになった」

「でもよく読んでいくと『死』というテーマもしっかり入っている。人生の傷を昇華させたというか、美しい、優しいものとして表現できたところが先生のすごい素敵なところだと思います」
「いい人であること」の哲学
梯さんには大切にしているものがある。それは「天才であるよりも、いい人である方がずっといい」というやなせさんの言葉だ。

「『詩とメルヘン』で詩を選ぶ基準は何ですかと聞かれると『いい人かどうかだ』とおっしゃるんです。詩を読んだだけじゃわからないと思いますよね。でも、『作品にはその人がどういう人かが現れる』というのが先生の信念でした」

「自分なりのことを誠実に生きて自分なりの表現をすればそれでいい、という意味だと思うんです。私も物書きになりましたので、自分にも言い聞かせているし、折に思い出し、勇気づけられる言葉です」
やなせさんを“先生”と慕い続ける梯さんが戦後80年の年に執筆した伝記に記したのは、アンパンマンとキティちゃんという日本を代表するキャラクターに込められた平和への願いだ。