菅首相は、米・ワシントンで24日に開催される、対面では初めての日米豪印(クアッド)首脳会合に出席するため、23日、政府専用機で米国に向かった。

バイデン米大統領が「歴史的イベント」と位置づける首脳会合だが、退陣表明をした首相の外国訪問は異例にも映る。メディアには、「花道外交」や「レガシー(遺産)づくり」と揶揄する記事や、「次の首相の参加のために日程延期を申し出るべきだった」とする記事が見られた。

退任間際の首相訪米の背景には何があったのか。

「天の時、地の利、人の和」…孟子の言葉で、これが成功のための3条件と言われる。
今回の首脳会合開催の裏に秘められた日米豪印の成功戦略を、天・地・人の視点から分析したい。

天の時「このタイミングでの開催しかない」

今回の対面のクアッドは、3月の4首脳のテレビ会議の直後から、米主導で日程調整が進められてきた。米国政府は、当初から一貫して、9月下旬の国連総会の時期に開催するとの立場だったという。

3月12日 日米豪印首脳テレビ会議
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日米外交筋によれば、「ホワイトハウスは、このタイミングでの開催しかないとの立場を最後まで崩さなかった」という。なぜ9月下旬の開催にこだわったのか。

権威主義的な言動がますます目立つ中国。日米豪印4ヵ国の連携の隠された目的が、この中国への対抗であることは明らかだ。日本が主導してきた「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想は、このような連携の鍵となるプラットフォームといえる。

しかし同時に、中国経済と関係の深い各国は、中国に対し「対抗」一辺倒ではなく、安定的な関係を維持するために意思疎通を続けていく必要もある。

10月末にイタリアで開催されるG20首脳会議の場では、その意思疎通の一環として、中国と様々な国の二国間首脳会談が行われることが予想される。バイデン大統領と習近平国家主席の初の対面での首脳会談の可能性も十分にある。

米中会談などが想定される10月末より前に、日米豪印4首脳が一致結束して強力なメッセージを打ち出すことができれば、中国に対する効果的な牽制になる。こう考えれば、バイデン大統領がこの時期の開催を追求した意図はより明確になる。

米国は日本国内の政治状況も熟知していた。仮に9月下旬のクアッド開催を見送り、次の首相の就任を待ってから日程を調整したとすれば、衆院解散と総選挙といった日本の政治日程を考えると、10月中、G20首脳会議の前にクアッドを実現することはほぼ不可能だ。このような見立ても、米国政府の「今しかない」というこだわりの背景にあったと思われる。

地の利 ニューヨークからワシントンへ

次に「地の利」である。
国連本部のあるニューヨークから首都ワシントンには、約1時間程度のフライトで移動できる。それゆえ、国連総会が開催される9月下旬に4カ国の首脳がワシントンに集まることは、「現実的かつ自然な選択肢だ」と政府関係者は語る。

4月 米・ワシントン 

結果として国連総会をオンライン参加とした菅首相のニューヨーク訪問は見送られたが、日豪印各国の事務当局は、「9月下旬にニューヨークからワシントンへ」との行程を念頭に、早い時期から準備を進めることができたという。

ワシントンでの開催には、戦略的観点からも意味がある。バイデン大統領が、政権の最大の外交課題である対中戦略について、ワシントンに同盟国・同志国を招いて協議する。それは中国に対して強いメッセージになる。

また、日豪印3カ国にとっても、ワシントン開催は、対中政策に「本腰」を入れて取り組む米国の本気度を象徴するものと受け止められた。

4月 米・ワシントン バイデン大統領

人の和 肝胆相照らす仲

天地人、3つの条件のうちで最も重要とされるのが「人の和」である。この点でも、現在の4人の首脳間の個人的関係は、クアッドが目指す戦略的目標を力強く後押しするものであったと言える。

バイデン大統領が初めてホワイトハウスに招いた外国首脳は菅首相だった。両首脳は、その後、英国でのG7サミットや電話会談など、様々な機会を通じて意思疎通を重ね、良好な「ヨシ・ジョー関係」を築いてきた。さらに東京五輪の開会式では、米国政府代表として派遣されたバイデン夫人を菅夫妻で手厚くもてなした。

オーストラリア・モリソン首相(左) 日豪首脳会談 写真提供:内閣広報室

また、オーストラリアのモリソン首相は、菅首相が就任後に初めて官邸に招いた外国首脳で、両首脳の親交は深い。

親日家のインドのモディ首相とも、対面での会談の機会には恵まれなかったものの、電話会談を重ねることで信頼関係を深めてきた。

インド・モディ首相 3月12日 日米豪印首脳テレビ会議

菅首相にとってこれら3人の首脳は、まさに「肝胆相照らす仲」であり、FOIPの推進について戦略的な議論ができる同志でもあった。訪米を決めた菅首相の胸中には、この3人となら、今後のクアッドの戦略について、実りある議論ができるとの思いがあったのだろう。

「俺が行かないと成立しないんだろ?」

首相周辺によれば、すでに退陣を表明していた菅首相は、外務省からクアッド出席の可否についてあらためて相談を受けた際、しばらく無言で考えた後、「俺が行かないと成立しないんだろ?日本のせいで(会議が)流れるのは、今後のためにも良くない」と静かに答えたという。

誰が次の首相になっても、日米同盟とFOIP推進は日本外交の基軸であり続ける。そのために、クアッドはなんとしても成功させなければいけない。菅首相の心中に去来したのは、こうした思いだったのかもしれない。

「仕事師」と称されることを好み、仕事の具体的な成果にこだわる菅首相が、「花道」や「レガシーづくり」といったことに関心があるとは思えない。

アフガニスタン撤退をめぐって米国内の批判にさらされるバイデン大統領が、退任直前の日本の首相による「レガシーづくり」のための訪問に付き合う余裕などないことは、リアリストの菅首相は誰よりも理解している。

菅首相が、批判を招きかねない退陣表明後の訪米に踏み切ったのは、この1年間築いてきた日本外交を次につないでいかねばならないという責任感なのだろう。そのためには、「天地人」の3条件がそろった今回のクアッドへの参加は不可欠だ。

菅首相にとって最後の首脳外交となる米国でのクアッド首脳会合。中国に対抗し、日米豪印の4カ国はどこまで結束を示せるのか。菅外交の集大成が注目される。

(執筆:フジテレビ政治部 千田淳一)

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