果物も野菜も…人と地域をつなげる鮮魚店 帰還が進まぬ街で店主が見据える未来【福島発】
わすれない 3.11

果物も野菜も…人と地域をつなげる鮮魚店 帰還が進まぬ街で店主が見据える未来【福島発】

東日本大震災と原発事故から10年。復興が遅れているのが、長期間にわたり避難生活を強いられた浜通りの被災地。
住民の帰還が進まず、生活環境が十分に整わない福島・南相馬市小高区で、存在感を増しているのが一軒の鮮魚店。故郷での営業再開から5年。壊れかけた地域コミュニティーの再生につながっている。

福島県南相馬市の谷地魚店。5年前の2016年7月から店を再開させた
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避難指示解除に合わせ…店の再開から5年

福島・南相馬市小高区「谷地魚店」の3代目・谷地茂一さん(73)。
新鮮な魚と谷地さんの人柄が多くの人をひきつけ、町に活気を生んでいる。

谷地魚店 店主・谷地茂一さん:
とにかく、俺が魚屋を続けることができることに携わってくれている、すべての皆さんがあっての俺だから

故郷・小高区に戻ってきたのは5年前のこと。
2016年7月、避難指示の解除に合わせ店を再開させた谷地さん。

お客さんゼロの日が3日続いたら、店を閉める。

震災前は約1万3,000人が暮らしていたが、解除後はどれくらいの人が戻ってくるのか、全く分からなかった。
しかし、昔からの常連客だけでなく復興関係の作業員にも支えられ、「お客さんゼロの日」はほとんど訪れなかった。

再開から5年余り。谷地さんの日課は変わらない。それは「魚以外」も積極的に仕入れること。

谷地魚店 店主・谷地茂一さん:
車に乗れない人は、小高にあるお店で調達しないといけないし。小高ストアで色んなもの売ってるけども、八百屋ない、果物屋ない、酒屋もない

高齢化に拍車も…移動販売続けて培った信頼関係

小高区の住民は7,000人余りと、まだ震災前の5割程にとどまる。そのうちの4割は高齢者と、高齢化に拍車がかかった。

解除後も生活環境が十分に整わない中で、谷地さんは週3日の移動販売を続けている。

買い物客:
魚屋さんでも果物持って歩くから、食べたいときに食べて。助かります

南相馬市原町区での避難生活を強いられた直後から始めた、移動販売。
10年の月日で培ってきたのは信頼関係。

買い物客:
こんな年寄りでも話し相手になってくれるから、待ってます

買い物客:
「仮設住宅に住んでた方が良かった」っていう方がいっぱいいらっしゃるね。やっぱり話し相手がいなくて、コロナだから余計にそう感じるんだよね

復興は道半ば…73歳店主が見据える「次の10年」

移動販売は、避難でバラバラになり壊れかけた地域コミュニティーの再生だけでなく、谷地さんの活力にもつながっている。

谷地魚店 店主・谷地茂一さん:
本当はね、俺今73歳で、あと2年で75歳。そこで辞めて、楽しく趣味の世界に没頭したいなって思ったんだけど、ここにきてくれるお客さんが「俺のことどうするんだ」って言ってもらえたのよ。「ここ良くて、来てるお客さんいるんだけど」って、ありがたいよね。それで、あんまり無理しねえ程度に、これから先もやっていくかって

東日本大震災と原発事故から10年。
復興はまだ道半ばだが、谷地さんは「次の10年」をすでに見据えている。

谷地魚店 店主・谷地茂一さん:
そのときに南相馬市小高区はどんなになっているのか。双葉・大熊の人達は、また元のようになるのか。新しい世代がそこに根付いて1つの町になっているのか、それはまだ誰も分からない。ただ将来に向けての俺の希望

谷地魚店 店主・谷地茂一さん

(福島テレビ)

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