東日本大震災から15年。被災者が暮らす災害公営住宅のコミュニティづくりに対する国の財政支援が2026年3月で終了する。岩手県内では住民の高齢化が進み、外部支援なしでのコミュニティ維持は困難な状況だ。津波で妻を亡くした男性の願いや住民の不安を通じ、「共助」をどう維持すべきか、今後の支援の在り方を探る。
国の支援終了に不安広がる
岩手県盛岡市にある県営南青山アパートは、県内最後の災害公営住宅として2021年に完成した。
震災で家を失った沿岸部出身者を中心に、2026年1月末時点で97世帯183人が入居している。
入居者の生活を5年間支えてきたのが、アパートの一角にある「青山コミュニティ番屋」だ。市から委託を受けた一般社団法人「SAVE IWATE」が運営し、生活支援相談員が常駐する。
コミュニティ番屋では、定期的な入居者のもとを訪問する見守り活動や、住民の交流を生み出すイベントの企画を行ってきたが、国の「第2期復興・創生期間」終了に伴い、2026年4月以降は国からの財政支援を受けられなくなる。
これに対し、入居者たちは不安を感じていて、「困った時など、何でも相談してきた。なくなると寂しい」などの声が聞かれた。
番屋の職員も支援継続の必要性を感じている。
コミュニティ番屋の生活支援相談員・加藤昭一さんは「被災者支援は何年やれば終えられるんだろうかと考えることあったが、心の傷が癒えることはないと思うので、できるだけ周りの人たちが見守っていくのが、ずっと必要なことではないか」と支援継続の必要性を語った。
津波で妻を亡くした男性の願い
震災から15年の節目を前に、番屋では2月14日、市内で開かれる追悼行事に向けて灯籠の製作会を開いた。
参加者の中で、ひときわ強い思いで灯籠づくりに取り組む男性がいた。
震災当時、釜石市に住んでいた橋本正喜さん(78)だ。
橋本さんは「3.11で亡くなられた方々の思い、色々な家族の思いもあるだろうし、自分も同じ思いをしているから。そんな思いで作っている」と語る。
橋本さんは津波で妻の美恵子さんを亡くしている。震災当日、自宅アパートの2階から3階へ夫婦で逃げる最中に津波が押し寄せたという。
橋本さんは当時の状況を「その時自分は(ガスの)配管につかまって助かった。ところが女房は廊下伝いで流された。本当は後ろにいたので、俺の後をついてくるかと思った」と振り返る。
妻の美恵子さんについて橋本さんは「おっとりしている人だった」と話した。
震災後、橋本さんは長男が住む盛岡市へ移り住んだ。南青山アパートに引っ越してきた当初は知り合いもおらず、部屋に閉じこもる生活が続いたという。
しかし、番屋が企画した灯籠製作会を通して多くの人との交流が生まれたという。
それをきっかけに、今では年間を通じて灯籠を作るようになった。「自分を救ってくれた番屋はなくなってほしくない」と強く願っていた。
橋本正喜さん:
番屋は本当はなくなっては困る。様々な行事をやっているから、(来月から)交流の場所がなくなっていく。
自治会も危機感
番屋の存続が危ぶまれる中、アパートの住民でつくる自治会も不安を募らせていた。
2月16日、自治会役員は盛岡市に要望書を提出した。
自治会役員の担い手が不足する中、番屋の事業が終了すればコミュニティーを維持する活動が低下するとして、支援員による助言や住民の見守りなどを続けてほしいと訴えた。
南青山アパート会・日向久美子会長:
違うところに皆さん住んでいたわけで、沿岸から(災害公営住宅に)入ってきて、まとめるといっても番屋がいたのである程度できたと思うが、県と市が連携した形で伴走支援していただきたい。
住民主導の成功例も
県内各地の災害公営住宅でコミュニティー維持への模索が続く中、住民主導で活動が展開されているところもある。
宮古市の県営佐原第2アパートでは、2015年の完成当初から社会福祉協議会の助成金を活用し、自治会として食事会や交流会など様々なイベントを企画してきた。
代表を務める佐原第2アパート「ア・モーレの会」の小針美津子会長(72)は、自治会が活発に活動することで住民の孤立を防げると考えている。
小針会長は「みんなと顔見知りになって色々話をできた方が楽しいし、いざ何かあった時に、この人だったら頼れるとか、そういう人がいることは心強い」と語る。
一方で、自治会の活動が活発な背景には、同じ仮設住宅出身者が多いことがあり、別々の場所から集まっている場合は難しい面もあると指摘する。
「今まで住んでいた所では隣近所の付き合いがあったけれど、このような所になると訪ねるにも気が引ける。集合住宅は難しい」と小針会長は話す。
その後、盛岡市の県営南青山アパートについては、コミュニティ番屋を運営する「SAVE IWATE」が縮小しながらも活動を継続することになり、県や市も支援を検討している。ただ、これまでと同じ活動が続けられないことには変わりない。
専門家が指摘する「共助」の必要性
10年以上にわたり災害公営住宅のコミュニティーづくりを支援してきた専門家は、高齢化などにより住民による自立は難しいケースがあり、今後も地域の力を育む支援が必要だと指摘する。
岩手大学・船戸義和客員准教授:
復興予算がなくなることは仕方ない。どこかでは終えなければいけないものだから。今までは支援を受ける人と、支援する人という形が大きかったが、地域の力を育んでいくような支援がこれから必ず必要になってくる。
具体的には、当面は外部からの伴走支援を受けながら住民同士が助け合う「共助」を生み出していくことが重要だと考えているという。
「ノウハウを持った支援者が外から入ってきて、新しいアイデアを地域の中に入れていく。元々そこに住んでいる方々が一緒になって取り組みに参画していくことが必要」と船戸准教授は語る。
震災から15年を経て、国の財政支援がなくなる災害公営住宅。今後、県や市、支援団体がどう関わりそのコミュニティーを維持していくのか、岐路を迎えている。
2025年12月時点で、県内の災害公営住宅では8,471人が暮らし、このうち65歳以上は45.6%を占めている。
