オルガン弾き語りで年下男子の心を奪う

明治24年(1891)3月、高田で廃娼を訴える演説会が催された。2カ月ほど前に廃業しようとした娼婦を廓の経営者が前借金を理由に妨害し、それに端を発した大騒動が起きている。芸娼解放令の欠陥が露呈したこの騒動によって、一般市民の関心も高まっていた。そのため当時の会場には、200人を越える人々が集まったという。

この集会には、和も学校からオルガンを持ち込んで参加している。「廃娼唱歌」を作詞・作曲し、自らオルガンを弾いて歌った。

教会に通っているうちに演奏を覚えたという。生き様は不器用だが、手先は器用だった。

和が通っていた日本キリスト教団高田教会(筆者撮影)
和が通っていた日本キリスト教団高田教会(筆者撮影)

ハイカラで珍しいオルガンの音色と、和の歌声に人々は聞き入った。和は美声の持ち主だったという。廓の楼主に雇われた者たちが会場に押しかけ、演説に汚いヤジを飛ばしていたという。しかし、和の歌が始まるとそういった雰囲気ではなくなる。彼らも黙って聴くしかない。

また、信州松本で活動していた社会運動家・木下尚江も、この集会に招かれて弁士を務めていた。当時まだ珍しい洋服を着こなし、オルガンを弾き語りするハイカラ美人に木下の目は釘付け。ひと目惚れというやつだ。彼は当時まだ23歳。和より10歳も年下なのだが、

「人形のような小娘はつまらないが、中年の女はその熟した知恵が面白い」

と…。

その後も木下は幾度か高田を訪れては和と会って話をした。ふたりの距離はしだいに縮まってゆく。やがて、結婚を誓いあう仲になるのだが…それはまだまだ先の話。高田時代の和は、とにかく色々と忙しい。この後、とある人との偶然の再会をして、彼女の運命はまた急展開をみせることになる。

青山 誠(あおやま・まこと)
作家。近・現代史を中心に歴史エッセイやルポルタージュを手がける。近著に、『大関和 看護に人生を捧げた日本のナイチンゲール』『小泉八雲とその妻セツ 古き良き「日本の面影」を世界に届けた夫婦の物語』(ともにKADOKAWA)。

青山誠
青山誠

作家。大阪芸術大学卒業。近・現代史を中心に歴史エッセイやルポルタージュを手がける。著書に『ウソみたいだけど本当にあった歴史雑学』(彩図社)、『牧野富太郎~雑草という草はない~日本植物学の父』、『三淵嘉子 日本法曹界に女性活躍の道を拓いた「トラママ」』、 『やなせたかし 子どもたちを魅了する永遠のヒーローの生みの親』、『小泉八雲とその妻セツ 古き良き「日本の面影」を世界に届けた夫婦の物語』(以上KADOKAWA)などがある。