1986年に福井市で起きた女子中学生殺人事件。一貫して無罪を訴え続けながら殺人罪で服役した前川彰司さんは、事件から39年後の2025年7月にようやく再審無罪を勝ち取った。その裏では、ある重要な証拠が検察官らによって“黙殺”されていたことが分かった。
再審無罪を受け名古屋高検が実施した調査では、少なくとも6人の検察官が有罪の根拠となった証拠の矛盾を認識しながらも、適切な対応を取らずに裁判を続けていたことが明らかになったのだ。
40年近く続いた法廷闘争
事件が起きたのは1986年3月19日。当時中学3年生の女子生徒が、卒業式を終えたその日の夜に福井市内の自宅で一人でいたところを、何者かに殺害された。電気カーペットのコードで首を絞め、包丁で顔や首をめった刺しにするという執拗で残虐な犯行だった。
この事件で殺人罪に問われた前川彰司さん(61)は、逮捕後から一貫して無実を主張し続け、一審は無罪となったものの、二審で懲役7年の有罪判決を受け、1997年に刑が確定した。
服役後、前川さんが申し立てた第一次再審請求で名古屋高裁金沢支部は再審開始を決定。しかし、検察が再審開始決定に異議を申し立て、決定は取り消された。
その後の第二次再審請求を受けての再審公判では、名古屋高裁金沢支部が一審の福井地裁が出した無罪判決を支持。2025年夏に前川さんの再審無罪が確定した。事件発生から、実に39年を要した。
さらにその1年後、事件から40年が経ち、再審無罪を受けて名古屋高検が実施した調査では、前川さんの有罪立証を支える重要な関係者の証言に矛盾があったことを検察官が認識しながら、それを開示するなどの適切な対応を取っていなかったことが明らかになった。
テレビ番組の放送日時が異なる…有罪立証の核心となる証言の矛盾
再審無罪を受けて、名古屋高検は裁判などに関わった検察官17人への聞き取り調査を実施。その中で、前川さんの有罪を立証する証拠の一つとして扱われた関係者証言の矛盾を検察が把握してたことが分かった。
焦点となったのは、事件当日の夜に関係者が見たとされる、福井テレビで放送された音楽番組の「放送日」だ。
「事件当日に血の付いた前川さんを見た」と証言した関係者の1人が、その日の夜に歌番組「夜のヒットスタジオ」のある印象的なシーンを見たと証言したが、捜査報告書では、実際には放送日が違っていた。
自白や物的証拠がない中で、この証言を含む関係者の証言こそが重要な証拠とされ、前川さんを有罪へと追い込んだのだ。
今回の名古屋高検の調査で明らかになったのは、一連の裁判に関わった検察官のうち少なくとも6人が、この音楽番組の放送日時が実際は違う日であったことを認識していたという事実だ。
不利な証拠を省いて裁判を進めていた検察
報告書では、検察官たちが前川さんの有罪に向けて不利な証拠を省いて裁判を進めていた実態が浮かび上がった。
有罪立証の根幹にかかわる証拠の矛盾を知りながら、それを裁判所や弁護側に適切に開示・共有することなく、黙殺したまま有罪立証に向けた訴訟を継続していたのだ。
刑事裁判において検察官には、被告人に不利な証拠だけでなく、有利な証拠も含めて適切に扱うことが求められる。法の番人として公正・公平な立場を保つべき立場にありながら、一連の裁判ではそうした姿勢が貫かれていなかったということになる。
一連の調査結果について名古屋高検は「国民の検察に対する不信を招いたことについて真摯に反省する」とコメント。再発防止策として、管内の地方検察庁に対し、周知・指導を徹底するとしている。
服役を余儀なくされ、事件から40年近く法廷闘争を続けた前川さん。その不当な有罪判決の陰に、証拠の矛盾を知りながら沈黙を選んだ複数の検察官の存在があったという事実だ。
再審法の改正を巡る議論が続く中、検察の証拠開示に対する姿勢が改めて問われることになりそうだ。

