中国は近年、安全保障や戦略物資の管理を名目に、日本に対する経済的圧力を目に見える形で強めている。日本の外交姿勢を屈服させるために強硬な対抗措置に打って出ているように見えるが、実は中国自身がジレンマを抱え、難しい舵取りを強いられているのだ。

対日禁輸リスト拡大と邦人の拘束

中国商務省は6月、日本の防衛関連企業や宇宙・航空分野の研究機関など20の企業・団体を、軍事・民生双方に利用可能な軍民両用品の輸出禁止対象リストへ新たに追加した。

輸出禁止対象リストに20の企業・団体を追加した
輸出禁止対象リストに20の企業・団体を追加した
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この措置により、対象となった日本の企業や団体への中国製部資材の直接的な輸出だけでなく、第三国の事業者を介した迂回ルートによる移転も全面的に制限されることとなった。

これと呼応するかのように、中国東北部の遼寧省大連において、日系大手の電気メーカーに勤務する日本人社員2人が、同じく6月に中国当局によって逮捕されるという重大な事案が発生した。

日本政府は「邦人保護の観点で適切に対応」
日本政府は「邦人保護の観点で適切に対応」

この2人は、中国国内で厳しい規制対象となっているレアアース磁石を組み込んだ製品を製造して輸出し、日本国内に到着した後にそれを取り外して流用しようとした国家輸出入禁止貨物密輸罪の疑いが持たれている。

資料映像:レアアース
資料映像:レアアース

これらの一連の動きは、中国が安全保障に関連する法執行の厳格化を国際社会へアピールすると同時に、経済と安全保障の両面から対日牽制を本格化させている実態を如実に浮き彫りにしている。

なぜ全面禁輸ではないのか

そして、ここで深く考察すべきは、中国がこうした軍民両用品の輸出禁止措置を講じるにあたり、なぜ一括的かつ全面的な禁輸という極端な手段に踏み切らないのかという点である。

中国が一度にすべての対日輸出を遮断せず、段階的にリストの掲載企業を増やし、審査を厳格化する対象を小出しにする手法を採る背景には、外交政策の柔軟性を担保しつつ、相手国に対する心理的効果を最大化するという高度な計算が働いている。

最初からすべての経済的なパイプを断絶させてしまえば、相手国に対する交渉カードを一度にすべて使い果たすことになり、その後の外交交渉におけるレバレッジを失うことにつながる。

そればかりか、自国の製造業やサプライチェーンへの跳ね返りという経済的リスクもコントロール不可能な規模へと肥大化しかねない。あえて時期をずらしながら段階的な引き締めを行うことで、日本側に対して「これ以上の強硬姿勢を続ければ、さらなる経済的実害が及ぶことになる」という無言の警告を継続的に送り続けることができる。

すなわち、禁輸リストの限定的な拡大や特定の邦人の身柄拘束という行為は、日本政府の出方や今後の政策変更、対中姿勢の軟化を促すための意図的な調整弁と言える。

中国のジレンマ

このような中国側の行動から読み取れる対日戦略の思惑は、単純な二項対立では測れない極めて複雑な構造を持っている。

日本人の拘束を受けて中国外務省「日本側は企業や国民に法律を順守するよう指導すべき」
日本人の拘束を受けて中国外務省「日本側は企業や国民に法律を順守するよう指導すべき」

日本国内における一般的な見方としては、中国が高市政権に対して一貫して厳しい姿勢を崩しておらず、日本の外交姿勢を屈服させるために強硬な対抗措置に打って出ているという捉え方が大半を占めている。

しかし、今日の中国にとっても、対日戦略の舵取りは決して容易なものではなく、ジレンマを抱えた難しい判断を迫られているのが現実である。

中国軍の台湾周辺での軍事演習 資料
中国軍の台湾周辺での軍事演習 資料

中国の本音としては、台湾問題や領土主権、さらには安全保障環境といった自国の核心的利益に直面する領域においては、断固として妥協しない強い立場を対外的に示す必要があり、それに伴って対日姿勢が必然的に硬化することは避けられない。

米中の貿易摩擦は長期化している
米中の貿易摩擦は長期化している

その一方で、長期化する米中貿易摩擦や、ハイテク分野での包囲網、さらには国内の不動産不況や景気減速、外資の流出といった冷え込む国内経済の現状を考慮すれば、主要な貿易相手であり技術的な協力関係もある日本との決定的な関係悪化や経済的な決別は絶対に避けたいというのが偽らざる本音である。

核心的利益の死守という「剛」の姿勢と、経済実利の維持という「柔」の姿勢を巧みに操りながら、譲れない政治的原則と必要な経済実利という、矛盾する二つの間で絶妙なバランスを維持していくことは、中国側にとっても極めて難易度の高い外交ゲームとなっている。

禁輸拡大や邦人拘束は“リトマス試験紙”

結局のところ、日本の特定の20企業や団体を新たに軍民両用品の輸出禁止対象に指定した一連の措置や、レアアースを巡る邦人の身柄拘束には、単なる個別の制裁という意味合いを超えて、その後の日本政府や経済界がどのような行動を選択してくるのかを慎重に見極めようとする思惑が透けて見える。

在中国日本大使館は中国当局に疑いかけられたら「大使館に相談を」と注意を呼びかけた
在中国日本大使館は中国当局に疑いかけられたら「大使館に相談を」と注意を呼びかけた

中国による圧力に対して、日本がさらに反発して経済的なデカップリングや対中包囲網を加速させるのか、あるいは対話の余地を探りつつ一定の配慮を示すようになるのか、日本側の対中姿勢の変容を冷徹に測るためのリトマス試験紙としてこれらの措置を機能させているのである。

日系企業の中国離れも

しかし、この綱渡りのような圧力戦略は、日本側に中国ビジネスへの不透明感と予測不可能性という強い警戒感を植え付けることになり、結果として日系企業の中国離れの動きを加速させかねない両刃の剣でもある。

決定的な関係悪化は避けたいが…
決定的な関係悪化は避けたいが…

戦略物資の武器化や国内法の厳格適用によって日本側を激しく揺さぶる中国ではあるが、自国の経済的な安定と国際的な孤立回避、そして国内政治的な求心力の維持というすべての要素を同時に満たさなければならない現実がある。

それゆえに、決定的な関係悪化を避けつつも強硬姿勢を維持するという、落としどころが極めて見えにくい対日姿勢のあり方に対して、日本だけでなく中国自身もまた深いジレンマに陥っているのが現状と言えよう。

【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】

和田大樹
和田大樹

CEO, Strategic Intelligence Inc. / 代表取締役社長
専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障、地政学リスクなど。海外研究機関や国内の大学で特任教授や非常勤講師を兼務。また、国内外の企業に対して地政学リスク分野で情報提供を行うインテリジェンス会社の代表を務める。