39年前、1986年に福井市で起きた女子中学生殺人事件。殺人の罪を着せられ7年間服役した前川彰司さんは、長い年月を経てようやく無罪が確定した。だが、福井県警はこの事件が起きる13年前にも冤罪事件を起こしており、その教訓が生かされることはなかった。

7年間服役し、事件の39年後に無罪が確定した前川彰司さん

「落着。福井事件、無罪確定によって自分の心持ちも落着した」

「落着した」と語る前川彰司さん
「落着した」と語る前川彰司さん
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2025年夏、逆転無罪の確定から約2カ月。前川彰司さん(60)は今、身の回りを整理しながら全国で冤罪が疑われる事件の被告らを支援する活動に取り組んでいる。しかし、なぜ自分が40年近くも濡れ衣を着せられたのか。その疑問は尽きることがない。

事件が起きたのは1986年3月19日。福井市に住む当時中学3年生の女子生徒が、卒業式を終えたその日の夜に自宅で一人でいたところ、何者かに殺害された。犯行は、電気カーペットのコードで首を絞め、包丁で顔や首をめった刺しにする執拗でとても残虐なものだった。

関係者の証言に基づく再現
関係者の証言に基づく再現

物的証拠がないまま捜査は難航し、「事件当日に血の付いた前川を見た」という関係者の供述に基づいて事件から約1年後の1987年3月29日、当時21歳だった前川さんが殺人の疑いで逮捕された。7年間の服役後、2度目の再審請求でやり直しの裁判が行われ、無罪が確定。

判決では「血のついた前川を見た」という関係者らの目撃証言に、矛盾する証拠があることが指摘された。証言した知人男性は覚醒剤事件で逮捕されていて、自身の罪を軽くするためにうその情報提供をした疑いがあり、警察が「誘導した疑いが拭えない」と証言の信用性を否定したのだ。供述や証拠を精査しなかったことも指摘された。

13年前の「燈豊町事件」という前例

前川さんについて取材を進める中で、事件の捜査に携わった福井県警の元警察官の男性から重要な証言を聞くことができた。

「失敗談は聞いています。燈豊町事件とか…」

証言する福井県警の元警察官
証言する福井県警の元警察官

女子中学生殺人事件の13年前の1973年(昭和48年)5月29日、福井市燈豊町の自宅で女性が殺害さる事件が起きた。いわゆる「燈豊町事件」だ。犯人は鉈や包丁で女性を切りつけた後、首を絞めて殺害。事件の2カ月後、被害者の夫が殺人罪で逮捕され、犯行を自白した。

逆転無罪となった被害者の夫
逆転無罪となった被害者の夫

だが、夫は一審の裁判で「自白は捜査官に強要された」と一転して無罪を主張。一審の福井地裁は懲役8年の判決を言い渡したものの、二審の名古屋高裁金沢支部は「被告人に証拠物の説明を求めるなどの適正な取り調べをせず、感情に訴え自白させるなどずさんな捜査だった」として逆転無罪の判決を言い渡した。

この事件捜査について元警察官は、上司から“失敗談”を聞かされていたという。

「現場に残ったタバコの吸殻を警察がでっち上げたとか。朝、現場に置いて『これ出てきた』と。してはならんことをしていたから、裁判でそういうことが暴露されて無罪になったと聞いていた」

女子中学生殺人事件の捜査では、燈豊町事件の不手際はやってはいけないと聞かされていたという。しかし、その教訓は生かされなかった。

共通する冤罪の背景

なぜ県警は2度も同様の失敗を重ねたのか。両方の事件に関わったベテラン弁護士の藤井健夫氏は次のように指摘する。

藤井健夫弁護士
藤井健夫弁護士

「殺人の疑いがある、あるいは明白に殺人だと分かる事件の初動捜査にしてはまずい所がある。どちらちも似たようなところがある」

藤井弁護士の見解
藤井弁護士の見解

「福井事件の捜査では、自分の髪の毛や着衣から出る微物を防護する服装をしてない。あのやり方はまずいね」

裁判で明らかになった2つの事件の共通点は、捜査が難航する中で供述や証拠を精査することなく、時に不適切な手法を使ってでも容疑者を有罪に追い込もうとした捜査機関の姿だった。

また、福井女子中学生殺人事件の吉村悟弁護団長も、冤罪を生む背景をこう指摘する。

福井事件の吉村悟弁護団長
福井事件の吉村悟弁護団長

「大きな要素としては、捜査機関の思い込み、あるいはこの事件であるように焦り、メンツ、そういうものですね」

検証なき未来に懸念

逮捕当時から38年間、一貫して無実を訴え続け無罪が確定した前川さんは「どこに非が、至らぬ点があったのかというのを検証しなければ今後に生かせない。警察も検察も事件を省みないと。反省にもならない」と語ります。

しかし、前川さんの無罪を受けて福井県警は、増田美希子本部長が次のように述べた。

福井県警の増田美希子本部長
福井県警の増田美希子本部長

「警察としては、判決で指摘された点について、重ねて検証を行うことは考えておりませんが、指摘された点も踏まえ、緻密かつ適正な捜査に努めてまいります」

県警は今のところ、この事件を検証するつもりはなさそうだ。

昭和時代に福井で起きた2つの冤罪事件。現代の私たちに問いかけるものとは。

同様の事件を繰り返さないためにも、県警の真摯な姿勢と再発防止に向けた今後の対応が注目される。

福井テレビ
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