海でも川でもなく、山の中にいけすがある。鹿児島県鹿屋市で電気工事や水道工事を手がける会社「スミカラ」の中村匡成さんが、2025年5月からトラウトサーモンの陸上養殖を始めた。使うのは幼少期から親しんできた地元の湧き水。「この地域の活性化の一つになるようなことをスタートできたら」——思い出の水が、新たな産業への挑戦を後押しする。
「大隅から世界へ」——会社名に込めた思い
スミカラは、鹿屋市で電気工事・水道工事などを請け負う会社だ。その社名には二つの意味が込められている。
「お客様の暮らしの中で困っていることを隅から隅まで解決したいということと、あともう一つは大隅から世界へ発信できる会社になりたい」と中村さんは語る。

大隅半島といえば、ブリやカンパチの養殖が盛んな地域として知られる。そこに新たな一手として加わろうとしているのが、サーモンの陸上養殖だ。
山の中に広がる、約1000匹のいけす
養殖が行われている場所を訪れると、山の中に大きないけすが設置されているのが目に入る。中を泳いでいるのは、体長20センチほどのトラウトサーモンだ。
「大体こっちに500匹とこっちに400匹ちょっと。合計約1000匹くらいいる」と中村さんは話す。
トラウトサーモンは一般的な鮭と異なり、生で食べることができる。また淡水でも海水でも育てられるため、山の湧き水を利用した陸上養殖に適している。稚魚はサーモン養殖で実績を持つ熊本の会社から迎え入れており、朝晩2回の餌やりで丁寧に育てられている。

きっかけは「おじいちゃんの家の水」
なぜサーモンだったのか。そのルーツは、中村さんの幼少期の記憶にある。
「じいちゃんの家がすぐ近くにあって、小さいころからじいちゃんの家に遊びに行くと、ここの水をこの辺の人たちは飲み水で使っているがこの水がすごく冷たくて甘くておいしい。この水を使ってこの地域の活性化の一つになるようなことをスタートできたらなと思った」

サーモンへの思いも、子どものころから育まれていた。「小さいころから魚が好きで、魚取りとか魚釣りとかずっとしてきたが(サーモンは)こっちに鹿児島にいない魚ということで、すごく憧れを持っている魚ではあった」。

地元の恵みと長年の憧れ、その二つが重なった場所に、このいけすがある。
本業の技術が養殖を支える
陸上養殖は設備面でのハードルが高い事業だが、中村さんには強みがある。ポンプを動かすための電気工事、水を引くための配管工事——どちらも本業そのものだ。自社の技術を活かして設備を整えることができるため、コスト面でも大きなアドバンテージとなっている。

現在いけすにいる稚魚は、ここからさらに約1年をかけて育てられる予定だ。「この子たちはここからちょうどあと1年。あと1年ここで育てて2kgを越えるくらいの大きさまで育てていく」と中村さんは見通しを語る。

鹿屋産サーモンを地元の食卓へ
サーモンの陸上養殖は今、全国各地で広がりを見せている。根強いサーモン人気に加え、天候や海況に左右されず安定的に出荷できることが、その背景にある。
中村さんが目指すのは、まず地域への還元だ。「地元のすばらしい資源を使って育てたサーモンなので、地元の皆さんに味わって頂きたいのが一番。なので地元の飲食店さんとかに主に卸していけたら」と話す。

鹿屋産サーモンが飲食店に並ぶのは、約1年後の見込みだ。
耕作放棄地の活用と、さらなる展望
中村さんの構想はこれにとどまらない。いけすを増設する候補地として注目しているのが、地域に点在する耕作放棄地だ。
「耕作放棄地って、畑や田んぼをつくってないところだがそういった土地があるので、こういったところに、どんどんたくさんいけすを増やして作っていきたい」。使われなくなった農地を養殖の場として再生することで、土地の有効活用と地域産業の創出を同時に実現しようとしている。

さらに将来的には、養殖後の水を活用した野菜の水耕栽培にも挑戦したい考えだという。サーモンを育てた後の水には栄養分が豊富に含まれており、それを農業に転用することで、資源を無駄なく循環させるモデルを描いている。
ブリ・カンパチの産地として知られる大隅半島に、新たな養殖の風が吹き始めた。湧き水への記憶と魚への憧れから生まれた中村さんの挑戦が、鹿屋の地域活性化にどのようにつながっていくか、今後の展開が注目される。
【動画で見る▶鹿屋市で「ご当地サーモン」養殖開始 海でも川でもなく山の中?】

